『一球入魂。たとえ一食分でも汚染のない命の糧を』

〜蝦夷農園(えぞのうえん)特産、無農薬、無化学肥料栽培の「自然玉ねぎ」〜

文・写真/大藤紀美枝

自然に逆らわず玉ねぎ本来の生命力を伸ばす

 北見市川東の農家4戸で構成する蝦夷農園の玉ねぎ(有機JAS認証)は、手に取るとズシリと重い。何層もある外皮をはがしていくと、やがてツヤツヤの球があらわになる。透明感のあるその色は、オニオン・ホワイトともいうべき独特のものである。ぎゅっと締まった球に包丁を入れると、みずみずしい断面が現れ、刻むほどに涙が流れ、止まらない。生食すると甘み、旨みに続き、辛みが現れる。いずれもまろやかにして力強く、生命力あふれる玉ねぎである。
 この姿形、味わいの秘けつを代表取締役の北原潤哉さんは、「自然の摂理に逆らわずに、玉ねぎ自体の生命力を伸ばした賜物」と説き、生産者としての考え方、生き方も、「自然に任せるの一語に尽きる」と言い切る。

健やかな大地は安心して食べられる野菜の揺りかご

 北原さんの自然の摂理に逆らわない玉ねぎづくりの歩みをさかのぼると、父・輝義さんの就農に行き着く。昭和36年、新聞記者を辞めて家業を継いだ輝義さんは、薬害に強い問題意識を持っていた。それで、農薬と化学肥料の多用で地力の衰えた畑を目の当たりにして、農薬・化学肥料を一切使わない自然農法に踏み切ったのだった。
 有機農法という言葉すらなかった時代である。生産性よりも安全性を優先する農業に理解を示す人も少なく、先行きは見えなかった。その間約10年。しかし、「たとえ一食分でも汚染のない命の糧を」という輝義さんの“農業哲学”が揺らぐことはなかった。
 三十代で東京から戻り家業を継いだ潤哉さんは、父の教えを基本に植物性の有機肥料にこだわった。地力培養、土壌管理に努め、食の安全・安心が叫ばれる今日、45年の実績ある蝦夷農園の自然玉ねぎは全国にその名を知られ、高い評価を得るにいたっている。

大小さまざま、不ぞろいな一球一球が自然の産物

 微生物やミミズなどが生息する有機栽培畑は一つの生態系である。だから大玉ねぎもできれば小玉ねぎもできる。形もさまざまだ。農薬を使わないから除草は人海戦術。玉ねぎが病原菌に感染しても治しようがない。こうした自然農法ならではの課題を、潤哉さんは自然の摂理を尊重し、家族や仲間、地域の人たちと連携して乗り越えてきた。
 大きさや形が規格外の玉ねぎの新たな利用法として、妻の操子さんが“すりおろし玉ねぎ”を入れたドレッシングを考案して商品化にこぎつけた。蝦夷農園では今年、約20ヘクタールの玉ねぎ畑に、延べ1,200人からの出面さん(でめん=日雇いの農業スタッフ)が入ったが、それがかなうのは農家出身の働き手が近隣に大勢いるからである。また、病気になった玉ねぎは抜き取って畑の外に出すのが普通だが、潤哉さんは収穫時まで抜かずに置く。抜き取ると病原菌が広まってしまうけれど、放置すると病原菌はその玉ねぎだけに棲みつき他に伝播しないことがわかったからだ。
 潤哉さんは有機栽培の仲間を増やすことにも熱心で、研修生を受け入れているが、そこでも余計な手は貸さない。伸びていこうとするのを腰を据えて見守っている。

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蝦夷農園の自然玉ねぎは、黄玉ねぎのウルフ(写真)とイコルという品種

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北見はわが国有数の玉ねぎの産地。春にハウスで育苗、5月に移植し、秋に収穫

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締まりとみずみずしさが身上。美しい切り口がしっかり育ったことを物語る

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収穫後の玉ねぎ畑の北原夫妻。農作業は夫、オリジナル商品開発は妻が大黒柱

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自然玉ねぎは大玉あり小玉あり。玉ねぎたっぷりのドレッシングも好評

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