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北海道人特集−「となりの北海道人」
文/大藤紀美枝 写真提供/小宮山英重さん

ファイターとスニーカー


川底を掘り、そのくぼみの底に石で囲った産室(右下)を作り、産卵の準備を進めるシロザケの雌。体の側面に黒い縦じまが現れている(2009.11.24撮影)

 ―シロザケやカラフトマスの最も弱い雄は、なぜ、自分を雌に似せるのでしょう。

 子孫を残すための戦術の一つです。自然界では体の大きさが強弱を決定づけます。体が大きいということは、餌を確保する能力が高い。言い換えれば喧嘩に強いということです。彼らは雄同士の争いに勝って雌を確保する“ファイター(戦士)”です。一方、十分な餌に恵まれず大きくなれなかった、または危険な海を短期間でやり過ごし大きくならないで大人になった雄は、雌を力づくで確保することはできません。ならば、どうやって子孫を残すか……。彼らは体が小さいことを逆手にとり、体色を雌に似せて存在感を弱め、争いに費やすエネルギーをなるべく節約し、間隙を縫ってすばやく雌の脇に滑り込み放精する“スニーカー(こそこそする人)戦術”を編み出したと思われます。力で勝負する優秀なファイターとしての能力が遺伝するのであれば、世代交代の回転効率が高いスニーカーとしての能力も遺伝すると考えられます。

 ―雌も体が大きい方が強いのですか。

 はい。それから、卵を産んだ雌も強いです。シロザケの雌は4〜5回、カラフトマスの雌は3〜4回に分けて産卵するのですが、その途中でほかの雌が産卵場所を奪いにきたら、相手が大きかろうが必死で追い払います。母は強しです。

 ―では、異性にモテる要素は。

 第一に体が大きいことです。サケ科魚類の雄は、おしなべて少しでも大きい雌の方になびきます。囲い込みの中にアメマスとオショロコマの雄雌をそれぞれ大・中・小1匹ずつ入れて実験したところ、一番大きなアメマスの雌に6匹いた雄すべてが付きました。これはもう、雄の性(さが)ですね。

 ―シロザケとカラフトマス間でも交雑はありますか。

 雌は種類の違う雄を嫌いますが、シロザケの雌にカラフトマスの雄が付くことがあります。あっちへいけとばかりにシロザケの雌が尾びれで砂をかけたり、かみついたりするのですが、カラフトマスの雄は懸命に求愛行動をつづけます。シロザケの雄が来てカラフトマスを追い払えば一件落着ですが、そうはならずに産卵がはじまってしまうことがあります。また、海から早く戻り過ぎてしまったシロザケの雄が、周りにシロザケの雌がいないので、カラフトマスの雌を追いかけ回すこともあります。私は自然界でのシロザケおよびカラフトマスの放精放卵の瞬間を200例ほど記録していますが、交雑は2〜3%でした。

わかると、わからないことが見えてくる


産卵行動中のカラフトマス。雌は体の側面に黒い縦じまを出し、背中は緑褐色。雄は強い順に赤褐色、黒褐色、茶褐色、茶褐色プラス体の側面に黒い縦じま、灰褐色プラス体の側面に黒い縦じまが現れる。そばにいた雌にそっくりな雄は写っていない(2009.10.15撮影)

 ―どのくらいフィールドワークをつづけていらっしゃるのですか。

 学生のころからずっとなので、約40年つづけていることになります。学芸員(公務員)を経て、2002年に野生鮭研究所(自営)を設立し、現在は3月下旬から6月いっぱいはイトウを、8月から12月中旬まではサケ・マスとヒグマを観察しています。その間は、なるべく明け方から日没まで川にいる努力をしています。自分のテーマとする生き物の行動を目で見て、変化を記録しているのですが、一つのことがわかると、わからないことが九つ出てくるといった具合で、見れば見るほど新しいテーマが出てきます。

 ―例えば、どのような。

 産卵行動中のカラフトマスに関していえば、雄の体色のバリエーションがこれだけあるのはなぜか。一番弱い雄だけでなく、茶褐色や灰褐色になる雄も体の側面に黒い縦じまを出すのは、雌に似せたということなのか。赤褐色あるいは黒褐色の雄が負けたら、どんな色になるのかなど、まだ確認できていないんです。ここ数年、サケ・マスを食べるヒグマの生態観察に軸足を置いているものですから……。

 ―まだまだフィールドワークがつづきそうですね。

 生き物は、生きるためにどう振る舞うかということに一所懸命です。シロザケやカラフトマスの小さい雄で、子孫を残すことに成功しているものは、みんな雌そっくりです。自分の遺伝子を残すための方法は一つではないということを、彼らは目の前で見せてくれます。私は20代後半に朝から晩まで同じ川岸にとどまって調査をし、じっくり見ることではじめて見えてくるものがあることに気づきました。川にいると実に楽しい。街にいるときの私は眉間にしわがよっているけれど、川ではずっと笑顔だと人にいわれます。みなさんにも川での観察をお勧めします。

●野生鮭研究所 網走市字呼人159-119

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