HOME > 北海道人特集−「となりの北海道人」 ページ1

北海道人特集−「となりの北海道人」
文・写真/大藤紀美枝
難しく考えない

「私のお父さん」 in 斎藤牧場(下)

 斎藤牧場には全国各地から多くの人が訪れる。酪農の専門家や就農を目指す人はもちろん、中には乳牛をじかに見るのは初めてという人もいる。珍しい乳製品を開発したわけでも、有名レストランがあるわけでもないのに、なぜ老若男女を引き付けるのかといえば、牧場として魅力的だからである。その生みの親である斎藤晶さんは、牧場のシンボルであり、指南役であり、名ガイドでもある。斎藤さんに会いたくて足を運ぶ人も多い。

プロフィル 斎藤晶さん(80)=酪農家、山形県出身、旭川市在住

笹やぶと石の山が緑の牧場に

笹や雑草を刈り、火を入れ、牧草の種をまいたあと牛を放すと、やがて緑の絨毯を敷き詰めたような草地となる

笹や雑草を刈り、火を入れ、牧草の種をまいたあと牛を放すと、やがて緑の絨毯を敷き詰めたような草地となる

 斎藤牧場は、傾斜が急で凹凸の多い山がほとんど丸ごと放牧場になっている。青々とした草と葉を落とした木々、あるがままに放置されてある幾多の石が生みだす晩秋の風景に目を細め、斎藤さんはこう話す。
 「山を拓こうとすれば、みんな(他の人)は石を取って傾斜地をならしてきれいにしようとするけど、そんなことしたら土が流れ、10年もすれば作物ができなくなるの。人間の知恵で格好よくしようとしたり、効率よくしようとしてもマイナス要素にしかならないんですよ。そんなことをしないで牛に任せていると、こういう草地をつくってしまう。余計なことはするなってことなんですよ」
 草を食べた牛から乳をもらい、牛の糞尿で土を肥やし、肥えた土で生命力あふれる草を育てる酪農は、エネルギーを無駄なく循環させる理想的な農法である。石だらけの原生の山で、斎藤さんは「自然の摂理にかなっていれば、いい加減でいい」を旨として蹄耕法(ていこうほう)による山地酪農を実践してきた。
 蹄耕法とは、牛の歩き回る習性を利用した草地づくりの手法である。牧草の種をまき、そこを牛たちが蹄で踏み、糞尿を落とすことで、その地に牧草を根付かせるというものだが、斎藤さんはそれを知っていて取り入れたわけではない。戦後、開拓者としてこの地に入植し、「自分が生きるために、こーでないか、あーでないかと、(そのつど)気づいたことをやってきたら、こーなった」ということなのである。

牛の本能を引き出す

三方を国有林に囲まれる山の放牧場の晩秋のひとコマ。若い牛は草を食みながらどんどん登っていく

三方を国有林に囲まれる山の放牧場の晩秋のひとコマ。若い牛は草を食みながらどんどん登っていく

 1947(昭和22)年、開拓団に入って旭川の南西にある神居に入植した斎藤さんは、身を粉にして働いた。しかし、共同経営の破たん、悪条件のかたまりのような山での一からの開墾、野ネズミや野ウサギなどによる被害と、試練の連続だった。
 この地で生き抜く術を模索し、山頂の高い木に登って一帯を見渡したとき、斎藤さんはあることに気づいた。自然に立ち向かうのではなく、鳥や虫たちのように自然に溶け込めば、知識や金がなくともやっていけるのではないか……。
 発想を転換して開拓農業の固定観念を取り払うことに活路を見出した斎藤さんは、すぐさま実行した。素直な心で自然を見つめ、何が大事か全身全霊で感じ取り、草の特性や牛の本能を引き出し、あとは放っておくことにしたのである。
 牛は食べる草がなくなってきたら笹も食べるし木の皮さえむいて食べる。牛が笹を食べてくれるのだから、あえて刈り取らなくてもよい。台風などで樹木が根元からひっくり返ると、草地がデコボコになるが、そうなることにより草地の表面積が広くなり、くぼ地にたまった水が浸み込むなどして山の保水にもなる。
 「難しく考えないこと。牛はどんな行動をとるかじっと観察していると、牛が教えてくれるんです。草のことは草が、山のことは山が教えてくれるんですよ」
 斎藤さんは事象を見据え、そこから学び、そのときやれることをやる。こだわりを持たず、臨機応変、決して答えを急がない。

このページの先頭へ


特集メニュー

特集・連載バックナンバー

  • ▽北海道人の過去特集はこちらからご覧いただけます
    特集・連載バックナンバーへ