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北海道のお宝めぐりー美術館に出かけよう!ー 北海道人特集・2006年8月23日公開
網走市立美術館(網走市)

「氷上漁業」 居串佳一(1936年制作・130.3×162.1cm・油彩)

1936年に描かれた初期の代表作。

1936年に描かれた初期の代表作。かなり図式的にデフォルメした鋭角的なタッチで、凍てつく夜の漁場を描きとっている。まさにきーんと冷えた空気が漂ってきそうだが、不思議とそこには、人の温かな息吹と営みも感じられる。美術館誕生前は、郷土博物館に飾られていた。学校帰りに、休日に、そこを訪れる網走市民なら知らない者はない絵だった。1940年、少年期を旧制網走中学で過ごしていたある少年は、この絵に心打たれて画家を志した。いまや日本を代表する洋画家となった、松樹路人である。

北の“宝”を守り伝えるために…。北海道で二番目に生まれた美術館。

 北海道で一番最初に“美術館”を持ったマチは?と聞けば、だれもが「札幌」と答えるはず。では、二番目は? 旭川? 函館? いやいやほかでもない、ここ網走なのだ。
 今から約35年前、まだ好景気にわいていた網走では、美術品を愛好・収集する市民もいて、文化的事物への関心も高かった。そんな中、居串佳一のコレクション38点を市に寄贈したいという市民が現れ、そこから美術館構想が持ち上がる。居串を中心にその周辺作家、つまりは郷土ゆかりの作家たちの作品を収集し、守り伝えるために「美術館を作ろうじゃないか」ということになったのだ。

現在の居串コレクションは、遺族から寄贈された資料や素描も含め、約500点。

現在の居串コレクションは、遺族から寄贈された資料や素描も含め、約500点。旧制網走中学時代に道展(北海道美術協会展)に出展し、一発入選した「コスモス」から晩年のユーカラシリーズまでが年代順に並ぶ。その作風の変化を味わうのも面白い。


1936年、第6回「独立展」の居串と作品。

1936年、第6回「独立展」の居串と作品。

「見慣れ見飽きたように思っても、見方を変えたれば必ず新たな発見がある」と語る古道谷さん。

「見慣れ見飽きたように思っても、見方を変えたれば必ず新たな発見がある」と語る古道谷さん。少しでも市民の興味を喚起しようと、常に展示のテーマには知恵をしぼる。「イイものを見る目を養うためにも、子供たちがいっぱい来てくれたらうれしいんですが」。後ろにあるのは居串のユーカラシリーズ。

 少年時代から独学で絵を始め、長じては独立美術協会展など全国的な舞台に積極的に出展、やがて「北の果てから出展しているすごいヤツがいる」とウワサされるほどになった居串。美大を出たわけでもない北の一画家が、短い生涯ではあるが、人生で一度も「落選」経験のない画歴を築きあげた。確かにこれを顕彰しない手はない。
 描き続けたのは、海を中心とするオホーツクの風土や人々の営み。画風は節目で大きく変化し、展示室で年代別に飾られた作品を眺めていると、「数人の作家の作品だ」と聞いても信じそうだ。フォービズムの影響を受けた初期の大胆なタッチ、リアルな群像で厳しい北の自然を生き抜く北方民族を描いた中期、オレンジを基調に、濡れたようななめらかさでアイヌ民族の英雄叙事詩ユーカラの世界を描いた晩年。「急逝していなければ、この後どう変わったでしょうね」
 と学芸員の古道谷朝生(こどやともお)さんは感慨深げに語る。

 居串、彼の先輩である高橋道雄、後進である松樹路人。その他数々の地元ゆかり作家の作品を、網走美術館は現在約1000点所蔵する。「やはり常設展やコレクション(収蔵品)がしっかりしていることが美術館の基本だと思うんです。でないと、ただのイベント会場になってしまう」と古道谷さん。もちろん、遠くへ出かけなくてもイイものを見られる機会(特別展など)を用意してあげるのも仕事だが、同時に、地元だからこそ忘れがちな“お宝”に気づかせてあげるのも役目。
 人は身近にあるものの真価を忘れがちだ。数年前、札幌と帯広で「居串佳一展」が開催され、見に行った人々に「よかった」と報告されたことがあった。外から眺め改めてその価値に気づいた…といえば喜ばしいが、「普段からここに見に来てくださいよ」と思わず苦笑したという。


>> 代表作「北方に生く」(右)をはじめとする、北方民族シリーズ。

代表作「北方に生く」(右)をはじめとする、北方民族シリーズ。
代表作「北方に生く」(右)をはじめとする、北方民族シリーズ。
1階には居串以外の作家作品を常設。

<< 1階には居串以外の作家作品を常設。作品を入れ替え、内容は定期的に変わる。

 
「キンキと八角」松樹路人

<< 「キンキと八角」 松樹路人
幻想的な構図の中にちりばめられたリアリティあるアイテムが、独得の雰囲気を醸し出す。

「キンキと八角」松樹路人
「ひるね」高橋道雄

「ひるね」高橋道雄
体の重みを感じるような人物表現と共に、周りの空気感まで描き出した卓越さが魅力。

 「地元の特色を大事にしつつ、確かな質のコレクションをそろえる。そうしてとにかく、市民にイイもの見せてあげたいんです。来た人が、見てよかったと思えるものを」。
 郷土を描き、郷土に残る、価値ある作品たち。全国的な知名度は低いかもしれないが、素晴らしいものぞろいなのは、見ればきっと感じ取れる。この中の一枚に打たれ、絵を始める子供もいるかもしれない。
 事実「氷上漁業」は、のちに一人の画家を生み出したのだから。

居串佳一(いぐし・かいち)

居串佳一(いぐし・かいち)

1911年、常呂郡野付牛村相之内(現・北見市)の水野家に4男8女の次男・佳一(よしかず)として生まれ、7歳で網走へ。旧制網走中学校在校中に先輩・高橋道雄が創部した白洋画会(美術部)に所属。卒業後上京して絵を学び、戦時中は従軍画家として中国や千島ほかに渡る。40年、居串宣子と結婚(養子縁組)。戦後は疎開のため網走に戻り、創作のかたわら全道展の創立に関わる。55年、札幌滞在中に脳膜炎で急逝。44歳だった。


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