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こだわりの旭川散歩ー文学と自然と匠の街を歩く

北海道人・2006年6月28日特集


1・小説世界とその舞台に心寄せて歩く―三浦綾子記念文学館・外国樹種見本林

 氷点とは、水が氷になる境界点。では、人の心が氷と化す限界点とはどの辺りなのだろう。
 その表題に、すでに深遠な命題を宿す小説「氷点」が、世に一大ブームを巻き起こしたのは約40年前。朝日新聞が当時としては破格の賞金1000万円で公募した懸賞小説に、旭川で雑貨屋を営む、42歳になるおかみさんの作品が選ばれたのだ。初めて書いた小説だった。

 裕福な医師の幼い娘が通り魔に殺され、医師は「汝の敵を愛せ」というキリスト教の教えのもと、そしてまた美しい妻へのある復讐の思いを込めて、犯人の娘を養女にする。やがて事実を知った妻は激しい憎しみから娘をしいたげ、娘もまた自らの出自を知って苦悩する。
 聖書でいう「原罪」をモチーフにした鮮烈な作品を、なぜさほど文筆経験のない女性が書けたのか。それを知りたく思い、三浦綾子記念文学館を訪れてみた。

内面への“旅”が、作家・三浦綾子を創る

 印象的な多角形の建物。中に入ると、吹き抜けの開放感が、温かい光と共に来館者を包む。1階は、中央の特別展示コーナーをぐるりと囲む形で、全著作の展示(海外の翻訳本もある)、作家になるまでの道のり、原点である「氷点」に関する展示。2階には多ジャンルに渡る著作の多角的紹介と、執筆風景や愛用の品ほか、各種資料の展示がなれされている。
 丹念に見て行くと、女教師時代の彼女が、信奉していたものに裏切られた喪失感の深さや、13年に及ぶ闘病生活の間に生まれたあきらめ、信仰と夫となる光世さんの存在がもたらした希望…のそれぞれの重さが伝わってきて、その半生の歩みの険しさを痛感できる。

 副館長の斉藤傑さんは言う。「私は作家・三浦綾子を創ったのは、あの長い闘病生活だったと思っています。青春時代の大半を闘病に費やし、健常者と違い社会的な経験をほとんど積んでいない女性に、なぜあれほど深い作品が書けたか。それはいつ果てるとも知れない日々の中で、否応無しに生と死と向き合うことになったからでしょう。真に生き、真に愛するということの意味に、誰より真剣に向き合わざるを得なかった。“何か”と向き合い対話する時間…それをいかに持つかが、人を成長させる重要な要素だと思います」。

 心の深淵を探り見つめる経験が、作家を創る。そこにキリスト教の信仰という要素が加わって、作家・三浦綾子の個性が誕生した。「三浦さんの作品には、どれも愛があります。それに語り口が分かりやすい。これには小学校の教師の経験が生きていると思いますね。子供に丁寧にものを教える経験が、何かを伝える時、いかに相手を引きつけるかという技術になったのでしょう。三浦さんは話術も巧みで、講演などは実に面白かったですよ」。

 館内のVTRでその一端を知ることができるが、確かにかなり面白い。というか、語りが温かい。本人にお会いしその優しさにふれた感じがして、見ているうち何だが心がほころんでくる。
 「また来ます」。そう言って本当に再訪するお客さんが多いというのもうなずける。みんなきっと、この館に満ちている三浦綾子の優しさにふれに戻ってくるのだ。

特別展示スペース 展示室

1階にある、特別展示スペース(上)と展示室

副館長の斉藤傑さん

副館長の斉藤傑さん

三浦綾子直筆の「氷点」応募原稿 愛用の万年筆

三浦綾子直筆の「氷点」応募原稿(上)と愛用の万年筆


旭川ならでは、北海道ならでは、の存在意義

 「私は動物園もラーメンも、いいことだと思っていますよ」と斎藤さん。旭川が注目されるのはいいことだ。でも、と言葉が続く。「旭川でなきゃできなかったもの、なのかどうか。その点、三浦作品は、旭川の地に暮らす中から生まれ、ここから全国へ発信されていったもの。まぎれもなく、旭川が生んだものです。地域の財産ですよ」。
 作品は今も世代を超えて読み継がれ、文学館にもひんぱんに若いお客さんが訪れる。「命とは何か。それを問う根源的な作品が多いので、古くならないのでしょう」。
 念願でした、やっと来られました、とスタッフに語るお客さんや、「先生の本を読んで救われました」「心の支えになりました、ありがとう」とノートに書き込んでいく人も多い。

 そんなエピソードを聞きながらもう一度館内を回るうち、ふと違う意義にも気づいた。
 三浦作品の舞台背景となる史実…、たとえば明治42年に和寒町で起きた鉄道事故を基にした「塩狩峠」、大正15年の十勝岳噴火による泥流の惨害を描いた「泥流地帯」などからは、北海道で起きた人間のドラマや北海道が刻んだ歴史をも知ることができる。実際、ここで資料を目にして強い印象を受けるまで、十勝岳噴火の泥流が多くの人の人生を飲み込んだことを知らなかった。知ろう、読んでみよう、と思った。ここで同様の心の動きを経験した人も、きっと多いはずだ。

見学者
展示スペース2階
多角形が美しい、吹き抜けの天井

多角形が美しい、吹き抜けの天井


関連情報

■三浦綾子記念文学館
住所:旭川市神楽7条8丁目 電話:0166-69-2626
開館:9時〜17時(入館は16時30分まで)、月曜定休(6〜9月をのぞく)
URL:http://www.eolas.co.jp/hokkaido/hyouten/

三浦綾子記念文学館

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