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北海道の美術家年表<洋画/日本画>

 北海道の美術は、北海道の風土と深く関わりながら作り上げられました。北海道の近代美術の礎(いしずえ)を築き、発展させた、道内出身やゆかりの作家たちを年代ごとにご紹介します。作品を鑑賞する際の手がかりとして、ぜひお役立てください。

■時代区分について

1. 江戸・明治・大正
明治初期、函館で近代美術の芽吹きが見られる。しかし、本格的にその歴史が始まるのは、さまざまな文化が流入した明治30年代の札幌が中心。

2. 1920年代〜1945年ごろまで(昭和初期〜終戦)
「道産子第一世代」と言われる美術家たちが育ち、絵画では中央画壇への進出が始まる。1920〜30年代のパリに直接学んだ「エコール・ド・パリ(パリ派)」など、ヨーロッパ美術の新思潮を吸収し続けた。

3. 1945年〜1970年ごろまで(戦後〜70年代)
戦後、大規模な美術団体が次々と誕生した。北海道の風土に根ざした作家たちが、北海道美術を特色づけることになる。中央進出する作家も増加し、60年代には抽象美術や前衛的な作家が登場した。

4. 1970年代〜現在まで
戦後からの前衛的な表現は、より時代に沿った、個性的な表現方法を獲得する。美術をとりまく環境が大きく変化するなか、北海道美術は、国内のみならず海外とも直接交流し大きく飛躍していく。

■凡例

作家名、生没年、作品名、制作年、所蔵(*のあるものは、道立近代美術館所蔵です)
※作品名をクリックすると、「デジタル街道」のページが開き、作品の画像が見られるものがあります。

時代 洋画 日本画
1 江戸・明治・大正

■横山松三郎(1838〜1884)
「菊」(江戸末期〜明治初期ごろ)道立函館美術館

択捉島生まれ、函館育ち。写真家そして洋画家として先駆的な存在。洋画は1861(文久元)年函館でロシアのレーマンから学び、写真に彩色する「写真油絵」を開発する。

■蠣崎波響(1764〜1826)
「夷酋列像」(1790)市立函館図書館

松前生まれ。12代松前藩主資広の5男として誕生、家臣の蠣崎家の養子となる。藩の家老でありながら、画家としても秀作を残した。



黎明の時代 黎明の時代

■山下りん(1857〜1939)
「十二大祭図」道内のハリストス正教会

茨城生まれ。ロシアに留学し、ロシア正教の聖像画を描く日本初のイコン画家となる。道内では函館ハリストス正教会、中標津町の上武佐ハリストス正教会などに画が残されている。

■林竹治郎(1871〜1941)
朝の祈り(1932)

宮城生まれ。1898年、図画教師として札幌第一中学校(現札幌南高校)で教鞭をとる。敬虔なクリスチャンでもあった。教え子に三岸好太郎など多数の美術家がいる。

■有島武郎(1878〜1923)
「やちだもの木立ち」
(1914)*

東京生まれ。札幌農学校(現北海道大学)に学び、米留学後は英語講師として母校に赴任。美術部「黒百合会」を創設し、西洋美術の新思潮を伝えた。また、漁師で画家の木田金次郎との出会いから、小説「生まれ出づる悩み」を書いた。
有島記念館

■青山熊治(1886〜1932)
アイヌ(1909)

■菅原翠洲(1874〜1931)
「出山之釈迦」(1928)*
東京生まれ。1904年、北海道師範学校教師に赴任。日本画の指導者として、北海道での普及につとめた。

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1925年
初の全道規模の美術団体「北海道美術協会(道展)」創立
美術団体の設立 美術団体の設立

■高橋北修(1898〜1978)
海豹島
(1940)

旭川生まれ。1919年ごろ、旭川で美術団体「ヌタックカムシュッペ画会」を設立。当時は札幌をはじめ、函館や小樽など地方でも美術団体が誕生していた。高橋は、それらを統合する形で生まれた道展の創立にも関わった。

■三浦鮮治(1895〜1976)
「岩影」
(1954)道立小樽美術館

■池谷寅一(1892〜1983)
「函館の秋」(1947)道立函館美術館

■能勢真美(1897〜1982)
「青い鳥」
(1926)*

■山田義夫(1914〜1948)
「魯龕師座像」
(1937)*

■山内弥一郎(1885〜1954)
「霜の朝」(1926)*

■高木黄史(1905〜1993)
「ダリア」(1925)*

2 1920年〜1945年 エコール・ド・パリ

■工藤三郎(1888〜1932)
船員(1920〜23)

小樽生まれ。1920年に渡仏し、3年を過ごす。帰国後は小樽に定住し、小樽の公募団体「太地社」の創立会員となった。

■山田正(1899〜1945)
石垣のある風景
(1930〜33)

札幌生まれ。札幌第一中学校では林竹治郎の教え子だった。1930年に渡仏、約3年間を過ごし作品を描いた。

■小寺健吉(1887〜1977)
「水辺」(1929)*

■小柳正(1897〜1948)
「サーカスの家族」(1921ごろ)個人蔵

中央への進出 中央への進出

■上野山清貢(1889〜1960)
「ある夜」(1928)*

江別生まれ。ゴーギャンに傾倒し、南洋の島をモチーフにした作品で帝国美術院展(帝展)の特選となる。その後3年連続特選となり、中央画壇進出の先駆的存在となった。

■俣野第四郎(1902〜1927)
良子之像(1923)

函館生まれ。札幌第一中学校では、親友の三岸好太郎と「アネモネ画会」を作り展覧会を開催。ともに上京し、中央美術団体の「春陽会」などに出品する。結核のため25歳で夭逝。

■三岸好太郎(1903〜1934)
(1933)飛ぶ蝶(1934)

札幌生まれ。札幌第一中学校で林竹治郎の教えを受け、卒業後上京。27歳で独立美術協会の創立会員に選ばれる。その独立展の出品者で結成した北海道独立美術作家協会に、主導者として参画した。31歳で急逝。妻は画家の三岸節子。
北海道立三岸好太郎美術館

■小川原脩(1911〜2002)
「雪」(1940)個人蔵

倶知安生まれ。東京美術学校(現東京芸術大学)在学中に、帝国美術院展(帝展)に入選。シュールレアリズムの作品を描き、「美術文化協会」創立に参加する。戦後は故郷の倶知安で創作活動を行った。
小川原脩記念美術館

■大月源二(1904〜1971)
「告別(山宣葬)」(1929)個人蔵

■菊地精二(1908〜1973)
「機械」(1933)*

■小山昇(1910〜1944)
「作品」(1937ごろ)*

■筆谷等観(1875〜1950)
春寒賜浴(1924)
小樽生まれ。代表的な日本画家を輩出する日本美術院展(院展)を中心に活躍。朦朧体といわれる画法を用いた。

■北上聖牛(1891〜1970)
「晴間」(1928)*

■久本春雄(1896〜1968)
「曇る北国の浜辺」(1932)*

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3 1945年〜1970年

1945年
地元の美術家と中央から疎開中の美術家が合流し「全道美術協会」(全道展)創立

1946年
道展日本画部から独立し「北海道日本画協会」創立

1956年
新しい美術を目指し「新北海道美術会」(新道展)創立

1964年
新道展から分かれ「北海道美術作家協会」(道美展)創立
北海道を表現する 北海道を表現する

■木田金次郎(1893〜1962)
「秋のモイワ」(1961)*

岩内生まれ。黒百合会の展覧会で有島武郎の絵に感銘を受け、有島との交流が始まる。岩内で漁師をしながら創作を続け、有島の小説「生まれ出づる悩み」のモデルとしても知られる。
木田金次郎美術館

■国松登(1907〜1994)
「氷人B」
(1960)*

函館生まれ。三岸好太郎が関わった北海道独立作家協会に参加し、中央の国画会に出品。戦後は全道展創立に関わる。根室の流氷に材をとった作品は、「氷人」「氷上のけものたち」など30年にわたりテーマを変えて描かれている。

■居串佳一(1911〜1955)
「静夜」(1937)網走市立美術館

北見生まれ。網走中学在学中から道展などで入賞。戦時中は従軍画家として「夜襲」などの作品を残し、戦後は全道展創立に関わる。網走市美術館は、多数の遺作をもとに開館された。

■栃内忠男(1923〜)
「翼」
(1969)*

札幌生まれ。北海中学校(現北海高校)在学中、同窓の先輩・菊地精二に学ぶ。1960年代末は、空を飛ぶシャコ貝を描いた「翼」など貝殻モチーフの作品、その後、顔などをテーマにした連作が描かれている。

■上野春香(1896〜1978)
ヒマラヤ(1973)

■田辺三重松(1897〜1971)
「雪の塩狩峠」(1934)*

■小川マリ(1901〜)
「梨と小枝」
(1951)*

■一木万寿三(1903〜1981)
「客土」
(1960)*

■岩船修三(1908〜1989)
「海の静物」
(1934)道立函館美術館

■橋本三郎(1913〜1989)
「飛翔A」
(1960)道立函館美術館

■砂田友治(1916〜1999)
「北海の男たち」
(1965)*

■相原求一郎(1918〜1999)
「早春の漁村」
(1992)*

■亀山良雄(1921〜1991)
「唄」
(1968)北海道立近代美術館

■本間莞彩(1894〜1959)
「幌都の冬」(1949)*
新潟生まれ。14歳で余市にひきとられる。上京し洋画を学ぶが、札幌に戻り日本画に転向。1946年「北海道日本画協会」を創立し、伝統がなく日本画は育たない、といわれた北海道での日本画振興に尽力。

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中央での活躍 中央での活躍

■中村善策(1901〜1983)
「明科の里」(1954)*

■田中忠雄(1903〜1995)
「空の鳥を見よ」(1959)*

■久保守(1905〜1992)
「木馬のある風景」(1958)*

■松島正幸(1910〜1999)
「札幌雪日」
(1943)*

■武田範芳(1913〜1989)
パリの街(1963)

■森田沙伊(1898〜1993)
「慕情」(1975)*
札幌生まれ。幼少期に東京へ移住。東京美術学校(現東京芸術大学)日本画科卒業。先輩には同じ北海道出身の山口蓬春がいる。洋画の感覚を取り入れた新鮮な日本画を描いた。

■山口蓬春(1893〜1971)
「向日葵」(1956)*
松前生まれ。7歳で東京に移住。東京美術学校(現東京芸術大学)では洋画科から日本画科に転向する。伝統的な大和絵の技法や洋画の表現を融合させた、モダンな日本画を確立した。

■岩橋英遠(1903〜1999)
「道産子追憶の巻」(1978〜82)*
滝川生まれ。21歳で上京し日本画を学ぶ。戦前から戦後にかけて日本美術院展(院展)を中心に活動、日本画壇を代表する作家となる。「道産子追憶の巻」は全長約30メートルに及び、北海道の四季が描かれた大作。

■片岡球子(1905〜)
「山(富士山)」(1967)*
札幌生まれ。女子美術学校(現女子美術大学)で日本画を学ぶ。個性的で大胆な作風は「ゲテモノ」ともいわれた。1926年、日本美術院展(院展)に初入選してから、現在にいたるまで長く活躍し続けている。

■菊川多賀(1910〜1991)
「森」(1962)*

抽象表現を求めて

■難波田龍起(1905〜1997)
不思議な国B(1984)

旭川生まれ、東京育ち。詩人で彫刻家の高村光太郎に出会い、芸術に目覚める。戦前から抽象美術の「自由美術家協会」に参加し、1961年には赤穴宏など北海道出身の抽象画家と「北象会」を結成。

■小谷博貞(1915〜2002)
「網」(1938)*

札幌生まれ。北海道の抽象絵画のパイオニアとして、キュビズム、シュールレアリズムなどの前衛的な表現を早くから取り入れた。特に戦後は、幾何学的な表現に取り組む。

■菊地又男(1916〜2001)
「凍土」(1982)*
札幌生まれ。審査なしで自由に出品できる展覧会「北海道アンデパンダン美術連盟」や、北海道初の前衛的集団「ゼロ美術同人会」を結成した。兄に画家の菊地精二がいる。

■因藤壽(1925〜)
作品56.10.18−構体(1956)
稚内生まれ。戦後、クレヨンやクレパス画から始め、1956年ごろからはモノクローム絵画を追求し続けている。

■西村計雄(1909〜2000)
「おどろき」(1964)西村計雄記念美術館

■赤穴宏(1922〜)
「作品(A)」(1962)*

■村山陽一(1926〜1961)
「祭4」
(1958)旭川市立図書館

■小野州一(1927〜2000)
「ロンド」(1962)*

■上野憲男(1932〜)
「発生D」(1962)*

内面を描くリアリズム

■神田日勝(1937〜1970)
「室内風景」(1970)*
東京生まれ。8歳のとき一家で鹿追町に入植。農業に従事しながら創作活動を行い、帯広・十勝を代表する公募美術団体「平原社」などに出品。将来への可能性を残し、32歳で急逝した。兄に画家の神田一明がいる。
神田日勝記念館(鹿追町商工会のサイト内)

■鵜川五郎(1919〜)
「沼の畔」(1977)*

■伏木田光夫(1935〜)
「せんべい焼きのある静物」
(1978)作家蔵

■瀬戸英樹(1940〜)
「牛乳台のある風景」
(1978)*

前衛への志向 新しい日本画

■米谷雄平(1938〜)
「作品85−11・群」(1985)作家蔵

■石垣光雄(1942〜1991)
「無題」(1981)個人蔵

■花田和治(1946〜)
「エプロンII」(1975)個人蔵

■福井爽人(1937〜)
「海の賦」(1977)*

■川井坦(1939〜)
「雪降る頃(ユーカラ)」(1972)*

■羽生輝(1941〜)
「北の岬(知床)」(1989)*

■伴百合野(1946〜)
「滂沱」(1984)*

4 1970年〜現在まで

1977年
「北海道立近代美術館」開館

■深井克美(1948〜1978)
「バラード」(1973)*

■岸本裕躬(1937〜)
「さよなら…かあさん」(1971)*

■松樹路人(1927〜)
「M氏の日曜日」(1979)*

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