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公園すべてが、ひとつの彫刻 札幌市モエレ沼公園

モエレ・ファン・クラブの保科文紀さん

▲モエレ・ファン・クラブの保科文紀さん

■考える空間、出会う空間

 2003年5月、「モエレ沼公園が多くの人に末永く愛され、ノグチの精神である芸術によって人々の心を豊かにし『人々の生活の中で、生き生きとした芸術空間』とするため」に、モエレ沼公園の活用を考える会(通称モエレ・ファン・クラブ)が発足した。
 公園を管理するのは行政だけれど、それを積極的に利用し運営していくのは市民であり、その中心的な役割を担おう、というのがクラブの主旨である。北海道大学大学院工学研究科・教授の小林英嗣さんが呼びかけて有志が集まった。
 現在コアスタッフは10名ほどで、さまざまなイベントや講座を企画・開催したり、利用法を提案したりしている。一般会員も募り、イベントに参加した人が会員になることも多い。個人会員の数は現在約150名。

「モエレからうたがうまれる」2005年7月31日の様子

▲「モエレからうたがうまれる」2005年7月31日の様子
谷川俊太郎さんの詩の朗読と、谷川賢作さんのピアノ演奏などが行われた。

写真展「坂田栄一郎・天を射る」2005年5〜8月の様子

▲写真展「坂田栄一郎・天を射る」2005年5〜8月の様子
会場で板田さんによるギャラリートークも開催し大盛況をおさめた。

 2005年は公園のグランドオープンの年だったので、特に大きなイベントがいくつか開かれた。
 7月31日は詩人の谷川俊太郎さんと、ピアニストで息子さんの谷川賢作さんを迎えてワークショップを開催。モエレ沼公園をテーマに、子どもたちと谷川さんが詩をいっしょにつくり、詩の朗読とピアノコンサートを行って、会場いっぱいの参加者が集まった。
 5月〜8月は写真家の坂田栄一郎さんの展覧会。こちらはクラブが内容を発案し、主催は新聞社やテレビ局、札幌市公園緑化協会。クラブと企業、行政が連携しているのも特徴だ。
 ほかに定例行事として、進行中の「どんぐりプロジェクト」(森でどんぐりの実を拾い、苗木を育ててモエレ沼公園の外側に木を植える計画。これはイサムさんの希望でもある)、11月のブラック・スライド・マントラの掃除とイサムさんの誕生会、12月のクリスマスパーティなど。

 クラブの事務局長をつとめる、保科文紀さんは言う。
 「イサム・ノグチさんがモエレ沼で描いた夢を伝えていきたい、というのが私たちの共通の思いです。メンバーは本当にいろいろな分野の達人なので、意見をまとめるのが大変なんですけど(笑)、根底にその気持ちがあるから大丈夫です」
 保科さんの本業は建築家で、現在北大で建築やランドスケープの演習もしている。専門家の立場から、モエレ沼公園の魅力を特別講義してくれた。

 「ふつう公園を設計するときは、使う目的から先に決めますよね。たとえば、ここに休憩するための東屋(あずまや)を置こうとか、森を散策するために遊歩道を作ろうとか。でも、モエレ沼は全然違うんです」
 イサムさんが山をつくる、ビーチをつくる、森をつくる。公園に来た人は、それを見て、何をするかを各自で考える。登ってもいいし、座ってもいい。公園にある遊具もしかりで、どれも決まった遊び方がなく、おもしろい形のものがいっぱいある。

 「イサム・ノグチさんの考えと、遊びに来た人の考えが、ここで出会って初めて新しい楽しみ方が生まれる。イサムさんは、自分が考えた彫刻や空間を押し付けるんじゃなくて、そこから生まれる新しい世界を想像していたんだと思います。彼は異なるものの出会いを非常に大切にしたアーティストでした。日本とアメリカのふたつの国が出会って生まれた、彼自身の生い立ちと重なる部分があるのかもしれません」
 彼が私たちに残してくれた最後のプレゼントは、これからも新しい出会いを生み出し続けてくれる。

モエレ文庫1〜5

モエレ・ファン・クラブが発行する「モエレ文庫1〜5」
『イサム・ノグチ1988年最後の足跡をたどる』

2003年5月から9月まで5回行われた連続講座の全記録集。モエレ沼公園が生まれたきっかけ、途中のさまざまなエピソード、そしてこれからの思いなどが、たくさんのスピーカーの方たちのお話で語られる。イサム・ノグチさんの最後の大きな作品の軌跡が、これ以上わかる資料はなかなかない。
※購入は紀伊国屋書店札幌本店、旭屋書店札幌店、またはモエレ・ファン・クラブのホームページからEメールで申し込み(初版限定1000部はポストカードつき)

モエレ文庫イメージ画像
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