
■1/2000の模型モエレ沼を初めて訪れてから何度かの打ち合わせをへて、イサムさんは正式に公園の設計を引き受けた。ニューヨークのアトリエにモエレ沼の図面を持ち帰り、本格的にプランを練った。そこには、彼が若くして計画し、実行できずにいたプレイマウンテンや、これまでつくってきたさまざまな遊具などが並んでいた。その後何度も協議をかさね、設計図を引き直し、立体の模型をおこして計画が進められていった。 そして11月16日、イサムさんの84歳の誕生日の前日、山本さんをはじめアーキテクトファイブのメンバーが集まった最後の打合わせで、モエレ沼公園全体の1/2000の模型が完成した。イサムさんは日ごろから、「私は体を小さくして、このなかに入っていくことが出来ます」と言っていたが、模型はまさに彼がそのなかで走り、遊んで作った空間だった。 |
▲大通公園のブラック・スライド・マントラ ![]()
▲1992年5月の除幕式。白い覆いがかけられ、どんな彫刻が姿を現すのか、参列者一同注目のひととき。
▲初めてお披露目されたマントラの後ろで、順番を待つ子どもたち。 |
■もうひとつのシンボル――「ブラック・スライド・マントラ」 モエレ沼とは別に、札幌にはいくつかイサムさんの彫刻がある。そのひとつが、街の中心部、大通公園8丁目と9丁目の真ん中にドンと据えられた黒御影石のすべり台、「ブラック・スライド・マントラ」だ。 この彫刻は、モエレ沼の設計が決まるとともに「札幌の子どもたちへのプレゼント」として、イサムさんからの提案がきっかけで生まれた。二度めに札幌を訪れたとき、大通公園で「ここになら置いてもいいね」と言ったのが、現在置かれている場所だ。 イサムさんはその年にブラック・スライド・マントラの模型をつくり、アフリカ産の黒花こう岩を用意した。そして、いつものように香川県牟礼のアトリエで、ここから送り出した多くの作品と同じく、協力者の和泉正敏さんに指示をして制作をはじめた。 |