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公園すべてが、ひとつの彫刻 札幌市モエレ沼公園

モエレ沼公園園長の山本仁さん

▲現在はモエレ沼公園園長の山本仁さん

■イサム・ノグチさんとモエレ沼

 モエレ沼は1979(昭和54)年から不燃ゴミの埋立地として利用され、ゴミがいっぱいになって役目を終えるころ、公園として再整備されることが決まっていた。1988(昭和63)年、公園づくりの担当係長だった山本仁さんは、当時をふり返って言う。
 「そのころ市の造園課ではもう公園の基本計画があり、基盤造成の工事も少しずつ進んでいました。でも私は、何か大きな特徴が足りないような、強くアピールする力が欠けている気がしてしょうがなかったんです。大きな公園なので工事には多額の費用がかかる、だからこそ市民に長く愛される公園にしなければ、と思っていました」

 そんなとき、「イサム・ノグチさんが札幌で公園を設計するかもしれない」という話が持ち上がった。公園、橋、噴水、遊具、家具、照明など、つねに新しく幅広い創作を手がけてきたイサムさんは、世界中に多くのパブリックアートを作っている。
 1988年3月、彼が初めて札幌にやって来たとき、山本さんはその案内役をつとめた。第一印象に「眼光のするどい人だな」と思った。
 「モエレ沼はまだ雪どけ前で、荒涼とした風景でした。長靴を用意してはき替えてもらったんですが、イサムさんは残雪のなかをどんどん歩いていって、私たちが追いつかないくらいのスピードでした。あちこち見て回って、とても83歳とは思えませんでした。そして、モエレ沼をとても気に入って、興味を持ってくださったことが分かりました」

モエレ沼イメージ画像

 同じ日、イサムさんはモエレ沼に来る前に、市が提案する候補地として「札幌芸術の森」も視察していた。しかし、そちらはもう多くの彫刻や設備ができていたので、「ここはもう自分がすることはありません」と言っていた。
 それよりも、まだ雪の残るモエレ沼で、まだあちこちをゴミが覆うその場所で、「全体をひとつの彫刻とみなした、宇宙の庭になるような公園」を作ることを思い描いたのだ。その力強く壮大なイサムさんの熱意がなければ、すべては始まらなかったのである。

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