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生命のつらなる場所 知床半島
旅人をさそう知床1 知床・温泉三昧 取材・文・写真/森 浩義  


熊の湯慕情
 羅臼町湯ノ沢の「熊の湯」ほど、地域の暮らしに密着した野天風呂はない。戦前から漁師の温泉として親しまれてきた熊の湯は、地元愛好会をはじめ、旅行者、湯治客など多くの人々の“慕情”によって支えられている。



■野天の銭湯

 自然に湧いた温泉を湯船にためただけの露天風呂を「野天風呂」と呼ぶことがある。温泉ブームの中で、どこの温泉地も施設の豪華さを競う時代に、営利からまったく離れて、ただ周囲の自然にだけ従う野天風呂は貴重な存在だ。日本で最後の秘境と言われる知床半島には、この野天風呂がいくつもある。

 数ある野天風呂の中で、羅臼温泉「熊の湯」は特異な存在と言える。多くの野天風呂が、自然の奥深く、人里離れたところにあるのに対して、熊の湯は住宅街から数キロと離れていない。
 日暮れ時には、入り口に何台もの車が並び、大変な賑わいを見せる。湯船を覗くと、筋骨隆々とした地元漁師が、浜言葉で今日あった出来事を楽しげに語らっている。夏の観光シーズンには、全国各地からの旅行者が、この中に加わり、下町の銭湯のような有様となる。
 熊の湯は、どこよりも暮らしに溶け込んだ野天風呂なのだ。




■それぞれの熊の湯

 羅臼川のほとりに、温泉が湧き出したのは何時のことか。川石で温水を囲えば、だれにでも野天風呂が作れてしまう。戦前の熊の湯は、そんな素朴な野天風呂として今よりも川岸に近いところにあった。
 しかし、羅臼川の氾らんは、熊の湯を何度も押し流してしまった。そこで戦後、まちの人々は、大水が来ても流されないように、湯船を高台に作り直し、お湯をポンプで上げた。
 昭和59年、男湯と女湯を分ける大改修を行おうとしたとき、法律上の所有者である林野庁は、管理団体の設立を求めた。こうして生まれたのが「熊の湯愛好会」だ。羅臼町湯ノ沢町の太田久信さんは、2代目の会長となる。

羅臼川と熊の湯
▲羅臼川と熊の湯



熊の湯愛好会・2代目会長の太田久信さん
▲熊の湯愛好会・2代目会長の太田久信さん

 「一回でも温泉に入ったら会員になれる、と言っています。今年の春に修理のため寄付を集めたら、町内で170人ぐらいから寄せられました。名簿を作っていないので、何人いるのか正確にわからないんですが、町内の実働メンバーは、それぐらいの人数だろうと思います。
 連絡はすべて脱衣場の張り紙です。それでも、何か呼びかけると、30〜40人はすぐに集まります。
 私自身、毎日同じ時間に、熊の湯で前の会長と顔を合わせているうちに、風呂の中で会長就任をお願いされたんです」。



熊の湯の神棚のある脱衣場には張り紙がいっぱい
▲神棚のある脱衣場には張り紙がいっぱい

 熊の湯の朝風呂で1日を始める人、漁を終えると一目散に熊の湯を目指す漁師。深夜まで続いた仕事帰りに熊の湯で一日を締めくくる飲食店の人。毎日、夜9時に顔を合わせる者たちで作られた“9時の会”という集まりもあるという。それぞれの時間のそれぞれの“熊の湯”を、脱衣場に張られた一枚の張り紙が結ぶ。
 熊の湯愛好会の仕事は、熊の湯の保守管理と清掃だ。清掃は365日、雨の日も雪の日も欠かさず行われている。
 「冬だけは男風呂と女風呂で一日おきにやるんです。両方の水を抜いてしまうと、終わった後に温泉で温まれないでしょ。夏は1日1000人も入る時がありますから、掃除しないとメッタメタになる。
 風呂好きだし、自分たちの風呂だし、入るならきれいな風呂に入りたい。それなら掃除だけはしないとならないと思っているんです」。




■持ちつ、持たれつ

熊の湯の夏場の掃除をうけもつ斉藤幸治さん
▲夏場の掃除をうけもつ斉藤幸治さん

熊の湯の毎朝行われる掃除
▲毎朝行われる掃除

 おもに冬場の掃除を担当している太田さんに対して、夏場の掃除を担当しているのが斉藤幸治さんだ。斉藤さんは羅臼で生まれ、今年80歳になる。
 「朝5時半というと毎日上がってくるのさ。風の日も雨の日も。毎日。私、戦争に行く前、羅臼で銭湯をやっていたんですよ。その恩返しみたいなもんだ。今は。水の出し加減だとか、いろいろ(風呂のコツが)あるからね。80になれば、若い者には負けないという気持ちになるんだよ。それで、昔の知恵を生かして、今、みんなに返しているところさ」。

 熊の湯の掃除は、毎朝5時30分に行われる。斉藤さんが湯船の栓を抜くと、10人ほどの男たちがモップを持ち、慣れた手つきで清掃を始めた。彼らは国道をはさんだ向かい側にある国設羅臼キャンプ場の住人だ。
 羅臼キャンプ場は長期滞在者が多いことで知られる。1週間の程度の連泊者はざらで、なかには春にテントを張り、紅葉の季節まで居つづける者もいる。若者だけではなく、純度の高い熊の湯の効能を求めて、キャンプしながら湯治を続ける中高年の湯治客も少なくない。熊の湯は羅臼キャンプ場の住人たちの生活の核となっている。
 「キャンプ場の人には、せっかく羅臼に来たんだからと、羅臼のいい魚を持たせてやったりしているんですよ。やっぱり人間、持ちつ持たれつだからね」。




熊の湯
▲多くの人々に愛され続ける熊の湯

■全国の愛好者に支えられて

 2005年4月12日、北海道新聞の社会面に『「熊の湯」SOS 送湯量減る一方』という見出しが踊った。
 給湯管やポンプが老朽化し、熊の湯では数年前から湯量が落ち込んでいた。しかし、町も愛好会も財政難で機器更新が難しいため、愛好会は、寄付金協力を呼びかけたのだ。
 マスコミに取り上げられたこともあり、募金活動をはじめて約3カ月で目標を超える262万円が集まった。寄付は町内はもとより、日本各地から寄せられた。
 修理されたポンプによって出湯が回復し、熱い湯を好む地元愛好者と、熱すぎると苦情を上げる旅行者との長年続いてきた軋轢も解消に向かおうとしている。出湯が回復したため、水で埋めたとしても、短時間で温度を回復できるようになったからだ。
 こうして熊の湯は、また何度目かの危機から救われた。いつものように、温泉を愛する多くの人々の手によって。




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