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特集 北国ラーメンものがたり 北海道四大ラーメンを訪ねる 釧路編 取材・文・写真/重田サキネ
“釧路のラーメン”が「釧路ラーメン」になったとき


釧路のラーメン

▲釧路のラーメン
協力:釧路ラーメン「河むら」釧路市末広町5

なまラーメン
なまラーメン

▲縮れ細麺。断面はやや角、太さ1.5ミリほど

 縮れのある細麺に、かつおだしベースのあっさりスープ。味はしょうゆが基本で、優しい味わいのしお味も人気。トッピングはシンプルに、ネギとチャーシューとシナチクと…。
 いまや「釧路ラーメン」と聞けば、多くの人がそんな特徴を思い浮かべられるようになった。しかし、“釧路のラーメン”が「釧路ラーメン」として定着し、「北海道四大ラーメン」の仲間入りを果たしたのは、ごく最近のこと。そこまでの道のりには、ラーメンを愛する釧路市民と、このおいしさを広めたいと願う店主たちの、地道な努力があったのである。


全国でも珍しい「細い縮れ麺」

 すすると、唇にプルルと快い刺激を与える絶妙の縮れ。それでいてスルスルと口に入っていく、なめらかな細さ。釧路ラーメンの真髄とも言えるあの「細い縮れ麺」は、実は全国的にも珍しいものなのである。
 生まれた理由には諸説あり、代表的なのは、ラーメンの前身とされる支那そばの麺が細かったので、それを踏襲した説。あっさりスープに合うので細麺が支持された説。そして、北洋漁業の全盛期、寒い海から戻って来た漁師たちに少しでも早くあったかなラーメンを提供するために、ゆで時間を短くする工夫で細麺にしたという説、である。実際、釧路ラーメンが「注文してから目の前に出てくるまで」の所要時間は、札幌その他のラーメンに慣れた体内時計を基準にすると、驚異的に早い。しかしどうやら真相は、誕生当時の釧路ラーメンのスープが、かつおだしオンリーで非常にあっさり素朴だったため、それに合う細麺を好む人が多かった…という2番目の説にあるらしい。


 縮れは、一玉ずつ丸めて軽く握り、一晩寝かせることで生まれる。縮れにスープがたっぷりからみ、より美味しく食べられるようになった。
 そんな独創的でおいしい釧路の麺が、なぜ最近まで全国的に広まらなかったのか。それは皮肉にも、添加物・防腐剤をいっさい使用していない純粋さのためだった。しっとりしつつコシのある麺は、傷みや乾燥が早いため、土産などとして他地域に持ち出すのが難しい。釧路ラーメンは、まさに“ここでしか食べられない”、釧路の風土食であり、文化であったのだ。

絶妙の縮れがスープをからめとる。プリ、とコシがありながらソフトな食感がクセになる麺
▲絶妙の縮れがスープをからめとる。プリ、とコシがありながらソフトな食感がクセになる麺。


支那そばからラーメンへ


「釧路ラーメン」のさきがけとなった屋台の風景

▲屋台の風景。大正末期から昭和初期、そして戦後、このような屋台の活躍が「釧路ラーメン」のさきがけとなった。
(写真提供:「釧路ラーメン麺遊会」)

 釧路におけるラーメンの歴史は古く、大正時代、横浜から来た料理人が支那そばを持ち込んだのが原点と言われている。とんこつベースのこってり味だったのが、少しずつ釧路人好みの味に改良されていったらしい。
あっさりしょうゆ味が好まれたのは、すでに釧路に根付いていたそば文化の影響ではないかと推測されている。

 昭和初期には、釧路ならではのラーメンを出す屋台があちこちに出現。中でも「銀水」「入長」「ばってん」「天龍」などは、人気屋台として名を馳せた。屋台は戦中・戦後に一時期なりをひそめたが、昭和26年ころに復活。北洋漁業の全盛期を迎えたことも相まって発展し、屋台ラーメン組合ができるほどだった。漁船が戻る時刻には、岸壁を屋台が埋め尽したという。
 昭和40年代になると、店鋪を構えて営業する店も増え始めた。末広町にある「銀水」は、まぎれもなく釧路ラーメンの本流を代表する老舗であり、その伝統は、同店で20年修業して独立した「河むら」にも受け継がれている。
 和風テイストを守りながらもスープは進化を重ね、今ではかつおだしオンリーの店はほとんどない。昆布や鶏ガラ、野菜、とんこつなどを各店がさまざまに創意工夫して加え、多彩な個性が釧路のラーメンを支えている。


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