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駅弁のあゆみ――二、「煮かに」から生まれた長万部名物「かにめし」
温かいご飯に、かにの身をのせ、錦糸卵、しいたけ、梅干し、グリンピースをかざった「かにめし」(かにめし本舗かなや)
函館本線・長万部駅停車の特急列車で車内販売(車内で要予約)、長万部駅前直売所、直営店「ドライブインかなや」のほか、札幌市の西武百貨店でも販売している。
昭和10年、長万部駅ホームに立つ売り子たち

 昭和3(1928)年、長輪線の長万部(おしゃまんべ)―東輪西全線開通とともに、長万部駅でも駅弁販売がはじまる。長輪線は現在の室蘭線のことで、長万部といえばかの有名な「かにめし」の駅である。

 かにめし誕生にはこんなストーリーがある。
 長万部で旅館を営んでいた金谷一家から、昭和18年、金谷勝次郎氏が独立し、駅弁の販売をはじめた。戦後しばらくは幕の内、すしなど一般的な弁当を売っていたが、きびしい米不足が続き、ご飯の弁当を作るのが困難になってきた。
 そこで、そのころ出張で不在だった勝次郎の替わりに、妻・静枝さんが、地元の毛がにを丸ごと煮て売ることを思いつく。そのころ、長万部が面している内浦湾(うちうらわん)では大量の毛がにが水揚げされていたが、日持ちがしないため処分されることも多かった。それを有効利用しようというわけだ。
 「煮かに」はたちまち評判となり、長万部を通った列車内は、かにの香りに包まれて、床には殻が散乱していたという。

 小説家・壇一雄は、随筆のなかでこう記している。
 何と云っても、北海道の毛蟹は、その全貌を手掴みにしながら、先ず甲羅をはいで中のミソを舐め、バリバリと齧り、しゃぶり、喰っていくのが一等うまい。(中略)たしか森田たまさんと同行の列車で、長万部の車窓から買って喰った毛蟹も、おいしくて、ひろげた新聞の上いっぱいにひろがるその殻の堆積の有様を眺めながら、いかにも喰ったと云う幸福感を味わったものである。(『美味放浪記』より)

 しかし、煮かにが販売できるのは漁のある夏だけ。勝次郎はなんとか通年販売できるようにと、当時まだ高価だった大型冷凍庫を買い、かにの身をむいて冷凍することを考える。そして昭和25(1950)年、かに身を酒や塩で味付けし、ご飯の上にたっぷり乗せた「かにめし」が生まれた。
 その後、煮かにの販売は中止され、人気はかにめしに集中した。勝次郎が「長万部の名物を作りたい」と願い、何度も試行錯誤したその味は、今もしっかりと受け継がれている。

 

【参考文献】
  • 『長万部町勢要覧』
  • 山谷正著『駅弁の旅北海道』(富士書院)
  • 北洞孝雄著『北海道鉄道百年』(北海道新聞社) など

 

昭和24年、駅で毛カニを買う列車客
昭和26年、手作業で毛ガニの身をむき、「かにめし」を製造する様子(以上、かにめし本舗かなや所蔵)

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