北海道人・特集バックナンバー HOME バックナンバー一覧

特集 北海道、駅弁紀行 北海道人トップページへ
北海道の名物弁当を訪ねて
新しい食材と、老舗の確かな腕から生まれた 宗谷本線・名寄駅「みそ豚丼」
「みそ豚丼」が買える名寄の地図 宗谷本線沿線の名寄駅は、オホーツクに延びる名寄本線と、深川をつなぐ深名線の要所。
タケノコと、SPF豚のばら肉をいためる。食感の違いを楽しむための取り合わせ。
さらに白みそを投入していため、もりつけ。
仕上げにゆずをかけて、できあがり。バラ肉は量がたくさん手に入らないため、1日限定8食。名寄駅でのみ買える。
大正10年ごろの角館商会。立派な洋館の前に、角館家の家族と、半纏を着た立ち売りの人たちが並び、当時の名寄の繁栄をうかがわせる。
現在は、当時の場所からすこし離れたところに建つ。
生まれてからずっと名寄、という角舘征夫さん「小さな弁当屋だからこそ、面倒でだれもやりたがらないようなことをやっていきたい」。
人気の「ニシン・カズノコ弁当」。海のない名寄だが、昔はオホーツク海と日本海から浜の奥さんたちがニシンを行商しにきていた。大きなブリキの缶に魚を入れた「ガンガン部隊」によって、ニシンは名寄でおなじみの魚だった。

 現在、名寄駅の駅弁を一手に引き受ける角舘(かくだて)商会は、明治43年から駅前で営業してきた老舗。現在のご主人、角舘征夫さんで4代目になる。ご主人の代になってから、一風変わったお弁当を出すことで知られるようになった。
 たとえば、オホーツクで浜ゆでした新鮮なタコをご飯にのせた「たこ寿し」、朱鞠内(しゅまりない)湖でとれたイトウ(ワカサギ漁で網に入ったもの)を使い、刺身風にくん製した「幻しのイトウ薫弁当」など。ちなみに今はイトウが入手困難なため、製造はしていない。
 そして2004年の秋、待望の新作「みそ豚丼」が発売された。

 このお弁当は、ある豚肉との出会いから生まれた。
 使っている豚肉は、名寄市内にある牧場、「鈴木ビビットファーム」のSPF豚。完全無菌状態で飼育されている豚で、豚がかかりやすい特定の病原菌を持っておらず、薬剤の使用が少ないため安全、しかもやわらかくて臭みがないのが特徴。「見せてもらおうと行ったら、すごい遠くからしか見せてくれなかったな」と、ご主人は苦笑い。
 はじめてこの豚を食べたとき、「すっぴんで勝負できる肉だ」と衝撃を受けた。肉そのもののうまさを生かした弁当ができる。そう確信し、火を加えすぎない調理法で特製の豚丼を作ろう、と決めた。

 「おおげさなことはしてないよ」といいつつ、ご主人がフライパンひとつでさっと作り上げた豚丼は、口に入れると、肉がいつのまにか舌の上でとろけてしまう。焼きすぎないように、とはいえ、生焼けではいけないし、その加減が難しい。ただ焼いているようだが、やはり熟練の腕を要する。
 「これでまずかったら、肉が悪いってことだ」と冗談めかすが、肉の味を信用し、確かな腕で作っているという自信の証拠だろう。
 肉だけでなく、米にも思い入れがある。角館商会の弁当は、近隣の風連(ふうれん)町で有機栽培された「ほしのゆめ」を100%使っているが、これはある日、農家が直接ご主人のもとに「ぜひ試してほしい」と持ってきた米。使ってみると、冷めてパラパラになるということが全くなく、食味もいい。
 「それからは、ご飯は全部この農家の米なんだ」。角館商会の弁当になくてはならない米となった。

 ご主人が、個性的な弁当を作るようになったきっかけを話してくれた。
 昭和40年代はじめごろまで、弁当は幕の内といなりずしの2種類のみで、それでも作るそばから面白いように売れた。そして時代は移り、ローカル線が廃止になり、特急や急行が多くなり、汽車が駅に停車する時間が短くなった。そうして、徐々に駅から人が消え、駅弁屋が消えていった。
 「昔は、駅弁といえば幕の内。すべてのお弁当の基本だから、その弁当屋の腕がいちばんわかる」と、ご主人は言う。しかし、角館商会ではもう幕の内は作っていない。「幕の内は売れない時代になった。だから新しいものを作っていかなくちゃ」。
 生まれたこの地で、老舗ののれんを守りながら、時代とともに変わっていかなければならない。そんな強い決心から、いくつもの新しい弁当が作り出されている。

 

「みそ豚丼」が買える場所 JR名寄駅構内売店
  • JR名寄駅構内売店

 

前のページへ 次のページへ
北海道、駅弁紀行 目次へ戻る