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【駅弁コラム】「一秒たりとも無駄にはできぬ」 田中和夫

 私が旧国鉄で車掌をしていた1980年代、北海道の駅弁は35駅で123品が売られていた。そのころ既に、客車は車両の近代化で窓が開かないのがほとんどだし、高速化で停車時間も極端に短縮されていたので、列車が着くごとにホームで立売りする弁当屋さんは大変だった。
 なかでも長万部の「かにめし」や森の「いかめし」などは、地方色豊かで全国的に名が知られていたから、そうした名物駅弁を求めるお客もまた大変な努力を強いられた。
 駅に着く4、5分前から車内デッキに立ち、到着してドアが開くと、脱兎の如く弁当屋さんめざしてホームを走りだす。だが、これは旅なれた人か、若くて威勢のいい人。

田中和夫(たなか・かずお)

作家。1933年江別市生まれ、1952年に国鉄就職、1958年から札幌車掌区車掌(札幌を中心としたローカル列車の勤務)を務め、1980年から札幌車掌区車掌長(特急・寝台・観光列車専門の乗務)となる。1987年国鉄退職。
高校在学中から文芸・演劇活動を行い、就職後は「国鉄文芸」に、1960年から文芸同人誌「札幌文学」に作品を発表。「橋のほとりで」「対極の北」「地の涯で」「昭和、その時…」「残響」「除族のうえ、斬罪申し付く」など、明治、大正期の北海道の埋もれた歴史を掘り起こした作品が多い。

貴重な写真と綿密な情報が網羅された『写真で見る北海道の鉄道』上・下巻北海道新聞社編・田中和夫監修(北海道新聞社)

 デッキから体を乗り出し、お金を差し出しながら大声で弁当屋さんを呼ぶのは、SL時代の長旅の経験をもつ年配の人。しかし、こういうお客にはめざす弁当はなかなか手に入らない。なにしろ、他線への乗換駅であっても特急の停車時間はせいぜい1、2分だから早い者勝ちだ。
 それに、まごまごしているとドアが閉まる。そうはさせじと、弁当屋さんは首から下げている箱でドアをガードする。ホームは買う側も、売る側も、一秒たりとも無駄にはできない戦場なのである。
 いまは、「弁当!弁当!」と声を張り上げてホームを行き来する弁当屋さんの姿は見られず、駅弁はホームの売店の商品になった。全国各地のデパートで開かれる全国駅弁大会では北海道の駅弁が抜群の人気だが、かつて旅情を慰めてくれた名物駅弁も、ここでは郷愁を誘う商品になったようだ。

 

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