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特集 北海道シネマパラダイス
映画「キッチン」の1シーン
映画「キッチン」の1シーン (写真提供:光和インターナショナル)
劇場公開時に販売された 「キッチン」のパンフレット(1989年/光和インターナショナル/松竹) 原作となった吉本ばなな著『キッチン』(1988年/福武書店/1030円)

谷地頭の電停から市電が出発するシーンは、「キッチン」のなかでも使われた。

立待岬からの道の途中、函館市街の風景が広がる。
映画の生まれた舞台を歩く 函館編 「キッチン」――少女たちへの旅
路面電車に乗って

 「風町」行きの路面電車が、ゆっくりと停留所に入ってくる。
 電車からは桜井みかげ(川原亜矢子)を訪ねる田辺雄一(松田ケイジ)が降りてくる。
 「キッチン」の物語は、このシーンから始まる。

 「キッチン」は、泉鏡花賞を受賞した吉本ばななの同名小説を映画化したもので、1989年にこの作品が公開されたとき、主演の川原亜矢子の透明感のある魅力が話題となった。
 函館は、映画の主要なロケ地となっており、とりわけ市内を走る市電が重要な役割を果たしている。市電は、みかげと雄一の住む「場所」をつなげている。それは二人の「つながり」や「距離」を示唆する。
 古い町並みを走る少し古ぼけた電車は、時間を忘れたように、揺れる。

 函館駅前から市電に乗ってみた。
 「谷地頭(やちがしら)行き」。外観は、ペンキを塗り重ねて一見新しく見えるが、車内には昭和30年代がよみがえってくる懐かしさがある。
 揺られること約15分程度、石川啄木の歌で有名な青柳町をすぎ、谷地頭の電停に到着した。映画では、みかげの家は、この付近にあることになっている。すぐ目の前に函館山の裾野がせまる。函館公園や函館八幡宮がすぐちかくにあり、家並みの向こうに緑があふれている。
 立待岬に向かって歩いた。
 途中、両側は山裾に広がる墓地になっているが、ここも墓参りのシーンになった場所だ。
 みかげは、たったひとりの肉親だった祖母をなくす。ひとりで暮らすみかげのもとを雄一が訪ね、自分の家で一緒に暮らすことを提案する。雄一の家では、女装した父(=「母」)である絵里子が、みかげを歓迎する。美術館のように美しいキッチン。
 人は常に孤独であるが、同時に常に新しい関係のなかでその居場所を作ろうと望む。キッチンは、その象徴である。

 

函館、ロケ地の風景

 谷地頭を起点に、函館山の山裾をぐるりと歩く。
 「キッチン」で助監督をつとめた篠原哲雄監督が、函館を舞台に撮った「オー・ド・ヴィ」も、市電を効果的に使っている。函館港イルミナシオン映画祭で入選したシナリオを映画化した、官能的でミステリアスな不思議な作品だったが、市電はまるで生と死をつなぐ装置のように、人のいない夜の街を走り抜けた。
 今は、明るい陽ざしに包まれる日常の風景のなかを、何事もないように通りすぎていく。

 坂の多い元町界隈を歩く。
 少し歩くと、「大正湯」という看板がかかった銭湯があった。
 ここは前田哲監督の「パコダテ人」(これも函館港イルミナシオン映画祭の入選シナリオを映画化した作品)で、シッポが生えてきた主人公の少女、日野ひかる(宮崎あおい)の自宅に使われた建物である。下見板張りにペンキ塗り、和洋折衷の建物は昭和2年に建てられたもので、函館独特の様式。昭和モダンがよみがえってくる、味わい深い建物である。

 さらに歩く先には、高龍寺や外人墓地などが並び、函館湾が一望できるエリアになる。
 見ると外人墓地の入り口に、お店の行灯が出ている。
 「墓地のなかに?」。半信半疑で墓石の間を下っていくと、その先に民家が一軒。これがレストラン「モーリエ」で、ここは「星に願いを」で、洒落たカフェとして使われた。店主の吉田和子さんは、祖母がロシア人で、ここでロシア料理を出している。
 「今、森田芳光監督が撮っている『海猫』に登場するロシア料理は、私が作っているんですよ」と吉田さん。「海猫」は、札幌出身の谷村志穂の島清恋愛文学賞を受賞した小説が原作。
 函館湾の彼方に沈む夕陽が美しい店内で食べた、お祖母さん直伝のピロシキが、なんともおいしかった。

 

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元町界隈の坂道を歩くと、映画のシーンがそこかしこに出てくる。
昭和2年に建てられた大正湯。今も銭湯として使われている。
レストラン「モーリエ」は一時閉店していたが、映画を観たファンの訪問が後をたたないため再開した。
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