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特集 北海道シネマパラダイス
映画公開時に販売された「Love Letter」のパンフレット(1995年/株式会社ヘラルド・エース/株式会社フジテレビジョン)
天狗山を背に、なだらかな傾斜地に建つ小樽市庁舎。
天狗山を背に、なだらかな傾斜地に建つ小樽市庁舎。玄関ホールのステンドグラスが印象的。1933年建造。住所:小樽市花園町2丁目
1906年に建てられた旧日本郵船小樽支店。現在は小樽市博物館として、午前9時30分〜午後5時まで開館(月休)。住所:小樽市色内町2丁目
映画の生まれた舞台を歩く 小樽編「Love Letter」――喪失と再生の物語
物語がひそむ風景

 韓国からきたビジネスマスが、小樽に行きたいと言う。
 「どうして?」
 「お元気ですか―」と言ってニヤリと笑った。
 このセリフは、小樽を舞台にして撮られた岩井俊二監督の映画「Love Letter」で、主演の中山美穂が、恋人が死んだ山に向かって叫んだ言葉である。
 映画は1995(平成7)年に日本で公開されたあと、韓国や台湾でも上映されて大人気となり、韓国では「お元気ですか」という日本語が流行ったのだと、そのビジネスマンは教えてくれた。

 「Love Letter」は、喪失と再生の物語である。
 愛する人を失った者は、そののちどう生きていくのか、生きねばならないのか。美しい雪の降る北海道のイメージが、静かにその哀しみを埋めていく。

 物語は、小樽と神戸、ふたつの港町でくり広げられる。
 神戸に住む渡辺博子(中山美穂)が、亡くなったかつての恋人・藤井樹の実家に手紙を出すと、それが同姓同名の藤井樹(こちらは女性・演じるのは同じく中山美穂)に届き、奇妙な文通がはじまる。
 「拝啓、藤井樹様。お元気ですか? 私は元気です」
 「拝啓、渡辺博子様。私も元気です。でもちょっと風邪気味です」
 ふたりの樹は中学の同級生で、博子は学校の卒業アルバムを見て、まちがえて藤井樹(女性のほう)に手紙を出してしまったのだ。
 博子は恋人を失い、生きている樹は父を失っていた。その周囲の人々も、愛する者を失った喪失感を胸に生きている。博子が出した、届くはずのない天国へのラブレターによって、その忘れられていた時間が動きはじめる。欠けてしまった心の再生に向けて――。

石狩湾を見渡す、高台に建つ坂邸。屋根が赤く、壁が淡いピンク色だったので「赤別荘」とも呼ばれた。住所:小樽市見晴町

坂邸の室内。出窓から差し込む光と木々の緑が美しい。

時間がゆっくりと流れているような応接室。

 

 映画の舞台、小樽のまちを歩いてみる。
 映画では、生きている藤井樹が働いている図書館に、現在の小樽市博物館(旧日本郵船小樽支店)が、彼女が肺炎で担ぎ込まれる病院には、小樽市役所が使われている。そして、彼女が祖父と母親と住む家として、実際に銭函の高台にある坂(ばん)さんという個人のお宅が使われている。
 この建物がすばらしい。
 長い時間を過ごしきた落ち着きと、温かさと、やさしい上品さ、そういうものをたくさん想像させてくれる、生きもののような家である。
 映画のなかでも「この家がつぶれるか、おじいちゃんが先に逝くか…」などと言われているが、ほんとうに古い。建築家の田上義也(たのうえよしや)が設計し、1927(昭和2)年に建てられた。モダンな窓や屋根などのデザインから、田上の他の作品を見たことがあれば、一目で同じ建築家のものとわかるだろう。

 今回訪ねたときは、迷惑にならないように外観だけ見せてもらおうと思っていた。すると、
 「どうぞ、どうぞ。よかったら中も見ていってください」
 坂輝彦さんと奥様のあき子さんが気さくに出迎えてくれた。じつは映画のパンフレットにも坂さん夫婦のことが載っている。
 1994年10月18日(火)
 樹の家。中山美穂さん初日。(中略)「樹の家」としてお借りした家は、昭和初期にフランク・ロイド・ライトの弟子によって設計された由緒ある家である。ここの所有者の坂さんご夫婦の全面的な協力で、撮影ができることになった。(中略)坂さんはいつもニコニコ、何でもOKでその上食事まで出してくれたり、ホントに心の広すぎる方たちで、坂さんご夫婦なしで「Love Letter」は出来なかった。(パンフレット・撮影日誌より)

 石狩湾を一望できる広い庭、まっすぐに伸びる白樺の木、赤い屋根の美しい家、そこに住むやさしいご夫婦。すぐにまた別の映画ができそうだ、と思っていると、あき子さんが
 「少し前に、石原慎太郎さん原作の『弟』というドラマの撮影があったんですよ。ここが裕次郎さんたちの子ども時代の家、という設定だそうです。こんな古い家でいいんでしょうかねえ」
 と教えてくれた。もちろん、古くてステキな家だからいいのです。

 古い建物、細い小路、懐かしい家並み、港、坂道、倉庫群、運河。
 小樽には、映画のシーンにしたくなる風景がたくさんある。観光客の多い賑やかな通りを離れると、ひっそり静かで、どこか「物語」がひそんでいそうな風景に出会うのである。

 

 

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