北海道人・特集バックナンバー HOME バックナンバー一覧

特集 北海道シネマパラダイス
「hands」(2001年/DV/6分30秒)アメリカで初めて撮った作品のなかの1本。「アメリカンショートショートフィルムフェスティバル2001・ジャパンショートショート」をはじめ、国内外の数々の映画祭で上映された。
「6:00 PM」(2003年/DV/7分30秒)いじめっ子にも負けず、必死に元気に自転車をこぐ男の子。何をそんなに急いでいるの? 「カリフォルニア・インディペンデント・フィルムフェスティバル2003」でベストミニショート・グランプリを受賞した作品。
「桃色心地」(2003年/DV/12分)ある男の家に忍び込んだ空き巣が、あわてて隠れたクローゼットのなかから見たものは…。

「KAMAKURA」(2004年/DV/14分)大好きな女の子にふられた少年。妻とケンカして家を出てきた男。それぞれに悩みをかかえながら、雪の降りしきる公園でカマクラを作る。

 

北海道発・映画人インタビュー vol.3
「北海道発、ショートフィルムの可能性」 映画監督 島田英二氏
ひとりの観客として映画館のイスに座っていた若者が、ある映画祭の【来年度、出品作品募集】のチラシを見て決心した。「映画監督になる」そして一年後、彼が撮った作品が映画祭でみごとに上映され、多くの観客が拍手を送った。
 決心を実現させた監督、島田英二氏にお話を聞いた。

 小さいころから、何かを「作る作業」が好きでした。でも映画監督になろうとは、というか「なれる」とは考えたこともなかった。たまたま1999年に札幌でショートフィルムを集めた映画祭(vol.2のショートショートフィルムフェスティバルのこと)を観て、それが始まりです。
 それまでふつうの劇場の長編映画しか知らないので、監督なんて別世界の人と思っていたんです。でも、そのときのショートフィルムのなかに、登場人物がたった一人で、カメラもほとんど動かないのに、ものすごいインパクトがある作品があって、こういう映画を作ってみたい、作れそうだ、と。ショートフィルムは、実際にやるかどうかは別として、「できそう」と思わせてくれる魅力的なジャンルなんです。
 その映画祭はもともとアメリカの開催でしたが、来年は日本でも上映作品を募集する、ということがチラシに書いてありました。そのチラシをにぎりしめて、「よーし」と思いました。

 まずは、映画を撮るという事が全然わからないので、アメリカに行って南カリフォルニア大学の映画制作のワークショップに参加しました。ここはジョージ・ルーカス監督の出身校でもあり、レベルが高くて厳しくて有名な学校です。校内に「ルーカスビルディング」とか、「ゼメキスセンター」とか、映画の道をめざす人ならそれだけで興奮してしまうような場所がたくさんあります。夢が実現できる場所なんだとすごく感じました。
 そのぶん授業はハードです。ぼくは5週間コースで5本の作品を撮りましたが、とにかく実践的で驚きました。スケジュールはだいたい土曜日に脚本を考えて、すぐ役者を――学校で知りあった人とか、道で会った子どもとか、とにかくいろんな手段を使って人を手配して、日・月でどうにか撮影して、火・水で編集、木は一応休みで金曜にみんなに発表するというサイクル。これを5回くり返しました。
 加えて毎日夜にはフォーラムとか勉強会とか、おもしろそうなことがたくさんある。参加している人も真剣そのものだし、刺激をたくさん受けました。寝る間も惜しくて、ほとんど寝ないでいた気がします。

 日本に帰ってから、そのときの作品を片っ端からいろんな映画祭に送りました。そして次々落ちていったんです(笑)。結局そのあと、映画を撮り始めたきっかけになった映画祭には入選したわけで、それはほんとうにうれしかった。舞台のうえで「監督」として挨拶をしたときは不思議な気持ちでした。半分観客、半分監督みたいな気持ちで照れくさかった。
 今はそれから4年たって、仲間もできて、応援してくれる方もいて、撮りたいテーマもたくさんある。北海道にいることは、ぼくにとっては個性であり、このすばらしい環境は最大限に生かしたい。最近は「ここでやっていこう」という覚悟のようなものが出てきました。
 2003年には、カリフォルニアの映画祭でショートフィルムの賞をもらうことができました。ぼくが北海道で撮った小さな映画が、世界に出ていって、そこで観てくれたお客さんがぼくらと同じように笑ったり、喜んだりしてくれる。月並みな言葉ですが、映画が言葉や国を越えることをほんとうに実感しました。
 それから、今までいろいろ心配している釧路の両親も安心させたいし、これから映画監督になりたいと思う人が、希望をもって目標にしてくれるようになれたらと思います。

 たぶん、ぼくらのようにショートフィルムを専門にしているところは日本にないと思います。世界ではよくわからないけど、少ないんじゃないかな。ショートフィルムは、身近で、親しみやすくて、作り手の気持ちがストレートに伝わりやすい媒体だと思います。長編映画にできないことがたくさんできる、新しい可能性をいっぱい持っています。でも、まだまだ活用されていない。だからぼくらがやるんです。

どこか運動部の部室のような、おもちゃ箱をひっくりかえしたような、いろいろなモノがいっぱいあふれる「MAX CORE ROOM」の事務所で、島田監督はニコニコと話してくれた。ここから、新しい映像文化が生まれていることを思うと、わたしたちはゾクゾクとうれしくなった。

島田英二(しまだ・えいじ)

島田英二(しまだ・えいじ)プロフィール

1976年、釧路市生まれ。北海道大学大学院で建築を学び、卒業後、ショートフィルムと出会い、映画監督になることを決意。南カリフォルニア大学のシネマ&TVサマー・プロダクション・ワークショップ2000に参加し、短編映画を5本制作。その1本「hands」が国内外の映画祭で入選、ノミネートされ注目される。作品は日本のほかアメリカ、シンガポール、韓国、ブラジルなど5カ国で上映。2002年に同い歳の札幌在住のアラキマサヒト監督ともに、ショートムービーを中心とした映像制作会社「MAX CORE ROOM」を設立。ブロードバンドなどを用いた新しいショートムービー産業の確立をめざして活躍。現在は札幌のインタークロス・クリエイティブ・センターに入居中。ただし2005年春までに引っ越しの予定。

関連情報

 

 

前のページへ
北海道シネマパラダイス 目次へ戻る
北海道人 北海道人トップページへ