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特集 北海道シネマパラダイス
映画監督 早川 渉 氏
北海道発・映画人インタビュー vol.1
「北海道のもつ空気感を映像に」 映画監督 早川 渉 氏
札幌の郊外、丘の上に建つ大学。生徒たちにCMづくりの授業を終えたあと、夕陽の入る教室で早川監督に話を聞く。

 ぼくが北海道で映画を撮ったり仕事を続けたりしている理由はいくつかあって、実はそんなに強い思い入れがあるわけではないんだけど、まずはモノを作る上ですごく環境が良いこと、それ以上に住む環境として素晴らしいこと、ストレスがたまらない場所であるということ――元々ストレスは感じないタイプですが――仕事を続ける上でのデメリットがひとつもないこと、それから、北海道のもつ湿度です。

 いま、日本映画のおそらく9割は東京周辺で作られていますよね。気候でいうと温帯で雨の多い「モンスーン気候」にあたる場所です。そうすると、湿度の高い色合いが映画にも必ず映ります。それがいままでの「日本映画らしさ」のひとつになっていると思います。
 でも、北海道は函館から北が冷帯で、北海道独特の湿度があります。そのなかで映画を撮ると、それは映像にも必ず出てきます。たとえ同じ物語を撮ったとしても、本州とは全く違うテイストのものができあがる。言葉にするのは難しいですが、ここだけにある「空気感」みたいなものです。
 北海道で映画を撮ることの良さは、ただ空が広いとか景色がいいとか、道路がまっすぐだとか、そういうことではないですよね。それに、画一的な北海道のイメージは、みんな「もういいや」と思っているでしょう。

 ぼくの撮った映画はよく「湿度がない」といわれます。映画に北海道の湿度がちゃんと映っていて、それがぼくの映像の個性になっているのだとしたらうれしいし、それはある意味、確信的に狙っているところでもあります。
 いまもストーリー上は架空のまちの架空の時代ですが、札幌を舞台にした映画を計画しています。11月下旬から12月前ころ、ちょうど根雪になる少し前の、まちに色彩のない季節に撮りたいと思っています。物語はですね、モダンホラーです。そういう映画をつくるのに、札幌ほど似合うまちはないですよ。

 ぼくがまだ20代だったころ、自分の映画に全然自信がなくて、撮るたびに「ブレ」のようなものが生じていたときがありました。がんばってオリジナルなもの、人とちがう個性的なものを作ろうと模索していた。でもふと客観的に見ると、自分が撮った作品は、どうしたってそこに自分自身がいちばんよく現れていて、自分がきちんとオリジナルであれば、とくに意識しなくても自然にそれが出てくるんだということに気がついたんです。それから、作品にあまりブレがなくなって、自分の向かう方向や仕事が見えるようになりました。

北海道で撮られた早川作品には、いつも自然に、北海道が映り込んでいる。

早川 渉(はやかわ・わたる)

早川 渉(はやかわ・わたる)プロフィール
1964年名古屋市生まれ。北海道大学に入って以来、札幌に住む。学生時代に映画研究会に所属し、8ミリ映画の自主制作をはじめる。大学はほぼサークルに行くために通い、毎年何本も作品を撮り続ける。その後、札幌市内のCMプロダクションに入社してディレクターとして活躍。1997年から初の16ミリ長編映画「7/25【nana-ni-go】」を監督し、翌年に完成、99年にはカンヌ映画祭国際批評家週間に正式出品され高い評価を受ける。ほかにも多くの国際映画祭でグランプリなどを受賞し、「35歳までに世に出る」というモットーを実現。1998年からフリーの映像制作者として映画、CM、プロモーションビデオなどを手がけるほか、札幌国際大学メディアコミュニケーション学科の講師としても活躍。

おもな仕事

映画:「7/25」(1998年)、「R」(1999年)、「CRYSTAL WATER」(2003年)
CM:ベル食品、登別くま牧場、JR北海道、UHB、わかさいも、国民健康保険、北海道新聞
DVD:「谷本光/シャドウズ・アンド・ライツ」(2004年)など

▼ 早川渉監督のショートムービー「HIKARI」が観られます。

 

 

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