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日本酒の分類

自分たちの米で自分たちの酒を造る
 道内有数の米どころとして知られる空知管内、新十津川町。「金滴酒造」は、まさにこの町の歴史とともに歩んできた酒蔵です。
  金滴酒造の蔵人は、新十津川町で米作りをしている地元の農家の人たち。毎年、新米での酒の仕込みが始まる時期に、この酒蔵に集結します。ちょうど仕込みが始まったばかりの11月初旬、金滴酒造を訪ねました。
 金滴の中では最も古株の小野寺仁光さんは、酒の製造に関するすべての管理を担当。長年、道産米を使った酒造りに携わってきました。「うちが道産米を使い始めたのは、昭和40代。せっかく地元で良い米がとれるのに、それを使わないのはもったいないですからね。当初、蔵人は経験豊富な本州の職人だけでしたが、何人かずつ地元の人間を入れていって、昭和50年頃から蔵人はすべて地元、米も地元のものを使うようになり、本来の地酒造りが始まりまた」
 それから徐々に道産米の使用比率を高め、平成5年頃には約9割に。
 現在、6人いる蔵人のほとんどが米農家。20年、30年選手といったベテランぞろいです。仕入れる米袋には生産者の名前が記されているので、「これはOOさんの所の米だ」とすぐに分かるのだそう。「時には、自分の田んぼで作った米が運ばれてくることもあるんですよ」と語る言葉の端々に、地元への深い愛情が感じられました。


10年の断酒を誓い開拓に励んだ苦難の証
 そんな蔵人たちの地元に対する思いの強さは、町の歴史とも深く関わっています。
 新十津川町の歴史は、明治22年8月に起こった「十津川村水害」が始まり。奈良県吉野郡十津川村で発生したこの大洪水は、村に大きな被害をもたらしました。そこで村人たちは新天地を求め、600戸・2,489人が北海道への移住を決断したのです。「ここに新しい十津川を」との思いを胸に、第二の故郷の建設に血と汗を流しました。しかし、うっそうとした原始林の開墾はそう簡単に進まないうえ、政府の援助にも限界があり、食料の心配と厳しい寒さとの戦いに苦しみます。そんななか、入植者たちは10年間の断酒を誓って開拓に励んでいったのです。
 それから16年。田畑の収穫もある程度豊かになり、「俺たちで飲う酒は俺たちで造ろうらい」という発案から酒造りが始まり、明治39年に「新十津川酒造株式会社」を設立。これが「金滴酒造」の始まりです。
 米作りを知る蔵人が造り上げた「金の滴」は、十津川村から移住してきた人々の苦労が生み出した、努力の結晶なのです。

左から谷口さん、伊藤さん、頭の小林さん、山下さん、杜氏の高橋さん、製造部長の小野寺さん

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