北海道の葬儀に、いつから中華まんじゅうが使われるか定かではないが、1644年(正保元年)函館に建てられた「称名寺」の住職であり、郷土史研究家でもある須藤隆仙さんはこう語る。
「戦前は『通夜ぶるまい』といって、お通夜に来た人みんなに中華まんじゅうを配っていました。大正時代にはもうあったと思いますよ」
函館など道南ではかなり古くから使われていたようだ。もともと、中華まんじゅうは家庭で作るものではなく、専門の職人が作るお菓子である。そのため、葬儀で使う習慣も、農業漁業といった第一次産業ではなく、商工業が中心の都市からはじまった、都会的な習慣だったともいえるだろう。実際に、札幌の老舗菓子店「千秋庵製菓」に聞いてみると、創業の大正10年からすでに中華まんじゅうを作っていたという。
では、なぜ北海道全域にそれが定着したのか。
北海道の葬儀には、いくつかの特徴がある。まず、他と比べて通夜やに葬式に参列する人が非常に多いこと。本州などでは葬儀を自宅で行うことが多いが、北海道では公民館など大きな会場が多い。また、香典も、どちらかといえば額は少なめだが、「広く浅く負担し合う」という合理的なシステムができている。これらは明治のきびしい開拓時代から、互いに力を合わせなければ生きていけなかった「助け合いの精神」が息づいているためだろう。
人がたくさん集まるので、当然、引き出物もたくさん必要になる。そのとき、中華まんじゅうは比較的作りやすく、急に人数が増えても対応できたため、重宝がられたのではないだろうか。
『菓子の事典』の著者で、日本菓子専門学校教師の鎌田克幸さんによると「通常のまんじゅうは、あんを作ってから冷まし、成形してから蒸すので時間も手間もかかります。一方、中華まんじゅうはあんが熱くても大丈夫ですし、蒸す必要もありません」とのこと。こんなところにも、北海道と中華まんじゅうの深いつながりがあるようだ。
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