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ドラゴンとアンモナイト --化石が語る太古の北海道 北海道人トップページへ
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1. デスモスチルスの七不思議
 アンモナイト、カイギュウにひき続き、今回も北海道を代表する化石のひとつ、デスモスチルスをご紹介しよう。はじめて聞くかたも多いと思うが、北海道は世界的にみてもデスモスチルス化石の大産地なのだ。

 デスモスチルスは、今から2800万〜1300万年前(新生代第三紀)に、北アメリカ西岸や日本などの北太平洋沿岸にすんでいた哺乳類。どっしりした太い4本足で、地面にふんばるように立っている姿が印象的だ。とはいえ、これは復元図。現在その子孫にあたる哺乳類はすっかり絶滅してしまった。「現生の何かに似ている」ということも無い。
 そのため、かれらが実際どんな姿をしていたか、何を食べていたかなど、今も多くのナゾに包まれている。

 はじめてデスモスチルスが見つかったのは、1876年のカリフォルニアで、それは一かけらの歯の化石だった。その特徴のある不思議な歯に由来して、「束」を意味する「デスモス」と、「柱」を意味する「スチルス」を組み合わせて、デスモスチルスという名前がつけられた。

デスモスチルスの化石  歯は生き物の身体のなかで最も硬く、化石になる確立が高い。デスモスチルスの歯は、のり巻きをタテに何本も束ねたような形で、外側は極度に厚いエナメル質、中心は象牙質。あまりにも変わった形なので、かつて化石を見た人が「タコの足」とまちがえたほど。

 
 日本のデスモスチルス研究の第一人者、犬塚則久さんは、そのナゾを「デスモスチルスの七不思議」として示している。どんな不思議があるかというと――

デスモスチルスの全身骨格標本(犬塚復元)
デスモスチルスの全身骨格標本(犬塚復元)。1933年、当時日本領だったサハリンの気屯(けとん)地区で見つかったもの。


犬塚則久さんによるデスモスチルスの復元図
犬塚則久さんによる復元図。海岸で生活していたと考えられている。
■その1・いったい何モノなのか?
現存するどの哺乳類とも違うため、「束柱目(そくちゅうもく)」という独立した分類にされている。しかし、他のどの目に近いか(今のところゾウやカイギュウに近いといわれる)、関係性がよくわからない。
 
■その2・不思議な骨は何のため?
デスモスチルスだけに見られる奇妙な形の骨がいろいろあり、何の役に立っていたのか不明。たとえば、対をなし、平たく厚い板のような胸骨は他の哺乳類には見られない。
 
■その3・海生? 陸生?
水中にすむ生物の特徴(カバのように目が高い位置にあって水面から出しやすいなど)がある一方、太く頑丈な4本足など、泳ぐのには不向きな体形をあわせ持つ。
 
■その4・食べものは?
古生物の食性は、歯の形から推測することが多い。しかし、デスモスチルスのような歯を持つ生物は現生にも化石にもいない。高度に特殊化しているだけに、この歯で何を食べたのか、ナゾは深まるばかり。
 
■その5・北方系か、南方系か?
化石の産地は北太平洋沿岸に限られているが、寒い地域にすんでいたのか、暖かい地域にすんでいたのかよくわからない。
 
■その6・先祖はいつどこに?
ゾウの先祖は始新世のアフリカ、ウマは始新世のアメリカというように、それぞれの仲間には「発祥地」があるが、デスモスチルスは今だ不明。インドにいた有蹄類か?という説が新しい。
 
■その7・なぜ絶滅したのか?
生存していた期間がわずか1500万年ほどで、地質学的にみると非常に短い。絶滅の原因はいろいろな説があるが、ハッキリしていない。


北海道のおもなデスモスチルス化石産出地

写真撮影はすべて足寄動物化石博物館
参考文献:犬塚則久著『デスモスチルスの復元』(海鳴社)他


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