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ドラゴンとアンモナイト --化石が語る太古の北海道 北海道人トップページへ
2. タキカワカイギュウ発掘物語
 北海道で見つかったカイギュウのうち、のちの研究に大きな功績を残したのが、滝川市を流れる空知川から発掘された「タキカワカイギュウ」である。
 タキカワカイギュウは、発掘から調査、研究、クリーニング作業(化石についている余計な岩石などを取り除く作業)、レプリカづくりなど、一連の作業が多くの地元の人の情熱と、努力と、さらに自由な発想によって支えられ、その成功ぶりは「幻の発掘」とまで言われている。
 そこにはどんな物語があったのだろう。
 当時、カイギュウ化石の発掘を指導した北海道開拓記念館の学芸部長・赤松守雄さんの手記をもとに、発掘のドラマをたどってみよう。

空知川で発見されたときの様子。
空知川で発見されたときの様子。
空知川で発見されたときの様子。
 1980年8月10日、久野春治さん(赤平市在住)が、空知川の中州で大型動物の化石の一部を発見した。この夏は例年にない猛暑で、川の水がほとんど干上がっている状態だった。
 ニュースは関係各所にすばやく伝えられ、16日、滝川市教育委員会の依頼により、赤松さんが現地を調査した。その結果、詳細の判断はできないが、とにかく発掘調査を実施することが決定。しかし、このときはまだカイギュウとは分からず、みんなクジラ類の化石だろうと考えていた。

 発掘にあたって、当日は上流のダムや農業用かんがい用水はせき止め、さらに化石のある中州周辺に人工の堤防を作ることにした。川の水で化石が流されないようにするためである。
 しかし、化石発見後から現地の天候は一変し、滝川地方はずっと大雨にみまわれていた。発掘は何度も延期され、築堤作業も一向に進まず、みんなハラハラしながら雨が止むのを待った。水かさが増した川の底に、ゆらゆらとゆらめくように化石の一部が見えていた。

 
     そして、やっと雨のあがった8月22日、午後から夜8時までかけて、大型ユンボ2台、ブルドーザー、ダンプカーなどを使って一気に築堤作業が行われた。
 このときまでにかかった費用が、すでに◎百万円に達していた。それを聞いた赤松さんは、発掘前夜、「はたして全身骨格が現れるだろうか」と心配し、「もし全身骨格が現われなかったら、その責任をどうとったらよいだろう…」などと不安を抱えて朝を迎えた。

 翌23日、現場では早朝4時から築堤作業の続きが行われ、朝7時に完成。いよいよ発掘がはじまった。
 作業が進むにつれ、地表に見えていた部分はごくわずかで、残り8割ほどの化石が地面に埋まっていることが判明。研究のとき最も重視される「頭骨」も発見され、ほぼ一頭分の骨格が現れた。赤松さんはホッと胸をなで下ろし、現場はいよいよ活気づいた。

 最初のうちは、ハンマーやつるはしで化石を一つ一つ掘っていったが、今にも雨が落ちてきそうな中、発掘はスピードアップを余儀なくされた。なんとか今日中に全部を掘り上げてしまわなければならない。
 産出した化石の位置関係を確認するため、写真撮影やスケッチを終え、化石がくずれないよう和紙をはって石膏でかためた。最後の掘り上げとなるころには、ダムのせき止めが限界になるとともに、日没が近づいてきた。
 もう一刻もムダにはできない。ついにパワーショベルで化石の入っている岩石ごと掘り上げることに作戦を変更。岩石を持ち上げて浮かそうとしたとき、ズズーと一寸ずれたものの、何とか掘り上げることができた。

増水する川で進められた発掘作業
増水する川で進められた発掘作業。

時間がなくなり、削岩機も使うことになった
時間がなくなり、削岩機も使うことになった。
化石を保護するため、全体に石こうをかける
化石を保護するため、全体に石こうをかける
化石を保護するため、全体に石こうをかける。
 赤松さんはようやく緊張感から解放されると同時に、「この化石はクジラではない」と直感した。ズズーとずれた瞬間、クジラとは明らかに違う骨の特徴が見えたのだ。
 すべての作業を終えたのが午後7時30分。空知川にはまた雨が降り出していた。作業にあたった人数は延べ276人にものぼる。みんなの協力のおかげで、危機一髪の発掘作業が成功に終わった。

 
 
発掘現場の全景。右奥が頭骨
発掘現場の全景。右奥が頭骨。

  ※写真提供:滝川市美術自然史館
※参考文献:『タキカワカイギュウ発見20年記念 20/5,000,000年の記録』



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