北海道人・特集バックナンバー HOME バックナンバー一覧

北海道人トップページへ   特集 そりと角巻--北国のなつかしい冬
角巻ものがたり 1. 赤ゲットをまとって

赤ゲットをまとって

 寒い北海道の冬をのりきるために、開拓者や移住者たちは、様々な防寒着を工夫した。
 角巻よりも早い時期に登場し、そのルーツのひとつではないかと考えられているのが、軍隊用に輸入された毛布・ブランケットである。
 ブランケットを羽織ることは、すでに幕末・明治維新期には藩兵や官軍の防寒具として使われていたが、そもそも元をたどると、戦国時代の武将たちが陣羽織に仕立てた猩々緋も、ポルトガルとの南蛮貿易で渡来したラシャとよばれた毛織物である。防水にすぐれたラシャの合羽は、江戸時代も上級武士や富裕な町人が使っていたから、あながちブランケットを羽織ることが明治以降に生まれた特殊な風俗とはいえないかもしれない。
 だが、明治政府はこのブランケットを軍隊用に大量に輸入する。日清戦争後の明治30年代には、これが払い下げられ、民間の防寒衣料として庶民にも広がっていったことから、明治の風物詩としていまも残ることになる。
 この輸入ブランケットは、真紅の地に黒い線が数本入ったデザインのものが多く、「赤いブランケット」から「赤ゲット」と呼ばれた。
 夏目漱石の名作『吾輩は猫である』にも、この「赤ゲット」が登場する。

 「そう諸先生が御まぜ返しになってははなはだ遺憾(いかん)の至りだが、東風君一人を相手にするより致し方がない。――いいかね東風君、二三歩出たがまた引き返して、国を出るとき三円二十銭で買った赤毛布(あかげっと)を頭から被(かぶ)ってね、ふっとランプを消すと君真暗闇(まっくらやみ)になって今度は草履(ぞうり)の所在地(ありか)が判然しなくなった」(『吾輩は猫である』より)

 当時の書生たちは、どうやら赤ゲットを購入して上京したようだ。
 北国の人々が外套のように赤ゲットを羽織り、その格好で上京する者も多かったことから、次第に赤ゲットという言葉に「田舎者」「おのぼりさん」という意味がこめられるようにもなった。
 「明治初年の赤毛布の流行は大したもの。毛布といへば赤いものと心得るぐらゐ。この時代に地方人の東京見物、たいてい赤毛布を被ってゐたので、たうとう田舎者の代名詞となったが」(『明治世相百話』1936)
 ともあれ赤ゲットは、そのまま使われたり、防寒着に仕立てられたり、端切れは足に巻いたりして、人々のくらしに欠かせない冬の衣料となったのである。


← 前のページへ → 次のページへ


赤ゲット