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4. 湖のほとりのチキンライス

 有珠山のふもとに広がる洞爺湖温泉にでかけた。
 木々の紅葉がそろそろ終り、まちはすっかり冬じたくの季節である。家々の軒先には漬物用の大根が並んでいる。めざすは、串田孫一さんがチキンライスを食べたレストラン「望羊蹄(ぼうようてい)」である。
洞爺湖温泉

 手紙2
 望羊蹄という洞爺湖畔のレストランにいます。その名前のように、湖の向こうに羊蹄山が見えています。その山ひだの雪もよく見えています。(中略)今日最初のお客である私が注文したチキンライスが出来るのを待ちながら。(『北海道の旅』本文より)

 望羊蹄は1947年に創業したレストランで、洞爺湖畔でもっとも古いお店のひとつ。 現在は周囲に建物が増えて、羊蹄山をまっすぐ望むことはできないけれど、その佇まいは充分に歴史を感じさせてくれる。
 入口のバラと藤のアーチをくぐると、季節の草木がふんわりと周囲を包む。いまは真っ赤に熟したナナカマドの実がゆれ、店内にはやわらかくランプの光が広がっている。創業後、1952年に一度改装してからは、ずっと建物も同じ、シラカバの木で作った椅子やテーブルも同じ。自分の気持ちが日ごろの慌ただしさから離れていくのがわかる。

温泉街でも歴史の古い「望羊蹄」。前庭の緑が美しい
1962年に串田孫一さんが描いた有珠山  そして、メニューにはチキンライスが健在だった。さっそく注文して到着を待つ。
 店内はクラシック音楽が静かに流れ、コーヒーのいい香りが漂う。ふと見ると、かべに串田さんが描いた有珠山の絵がかかっていた。MAGOICHIとサインがあり、日付は1962年5月17日、本にでてくる手紙を書いた翌日だ。
 「先生は絵の具を持ち歩いていて、この席でサラサラっと描いてくださったんですよ」
 店を取り仕切る小西悦子さんが教えてくれた。串田さんの本に導かれて来た場所で、ご本人の絵に出会えるとは感激だった。

 さて、湯気のあがるチキンライスが出来てきた。40年の時を越えて、同じテーブルでいただくチキンライス。ツヤツヤのケチャップ風味が、やさしく懐かしい味がした。

 チキンライスが出来ました。大分盛りがよくて、これから食べます。そしてここには、立派なステレオ装置があり、今、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番がはじまりました。多分私への、この御主人の心づかいだと思います。(本文より)
望羊蹄のチキンライス

 この御主人というのが悦子さんの父上で、戦後すぐに大阪から洞爺湖へやって来て、この場所にレストランを開いた。創業当時の名前は「望洋亭」といい、当時から美味しいコーヒーと音楽と、ハイカラな雰囲気から、多くの作家や画家たちが訪れていた。当時のお客さんのひとりに、志賀直哉もいた。実は彼が店に来たとき、「望洋亭」より「望羊蹄」がいいよ、とポツリと言ったことから、店名が変わったという。


望羊蹄
特集 旅と食と文学と 文人たちが出会った味をたどる


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