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串田孫一を旅する 北海道人トップページへ
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2. 串田さんが食べた、いまはなき駅弁 苫小牧の「シシャモ、チップ寿司」
 北海道に着いて3日め、串田さんは函館から洞爺湖にぬけ、有珠山に登り、ここで偶然会った若者と二人旅をはじめた。汽車で苫小牧から様似(さまに)へ向かう途中、ホームで駅弁を買っている。

駅,イメージ
 苫小牧から様似までは日高本線と言いますが、これも今は全部気動車です。私たちがこの列車に乗ったのが二時近くで、さっそく丸駒の宿でつくってもらった握り飯を食べはじめましたが、ホームで売っているシシャモ、チップ寿司というのが気になって、二人で一つ買いました。
 その弁当の折箱の上にかけてある紙に、シシャモとチップの説明が書いてあります。(中略)説明書きを読みながら食べていたので、味はさっぱり覚えていません。(『北海道の旅』本文より)

 苫小牧は太平洋に面した大きな都市で、古くから王子製紙の本拠地となっている。港からは本州へフェリーが運行し、鉄道の日高本線と千歳線の発着駅でもあり、交通の要所として栄えてきた。串田さんが訪れたときも、多くの人で賑わっていたことだろう。
 駅についてすぐ私たちも駅弁をさがした。ところが売り場には、苫小牧名物「ホッキ飯」はあるけれど、当の寿司は見当たらない。季節がちがうのだろうか。今日はもう売り切れたのだろうか。
 販売員のかたにたずねると、「5年前くらいになくなったよ」という。もうだめか…とあきらめかけたところ、寿司を作っていた「近藤商事」という会社が、今も市内で喫茶店を経営していることがわかった。店の名前は「ハスカップ」。さっそく店に連絡し、ご主人の近藤俊一さんをたずねた。

線路,イメージ
駅,イメージ
喫茶店「ハスカップ」
近藤俊一さん
 「シシャモ、チップ寿司は、昭和30年に2代めの武雄が考案したものです。いまでこそシシャモは高級魚ですが、そのころはとんでもない量が水揚げされて、値段も安かったんです」
 地元日高産のシシャモと、支笏湖産のチップ使って駅弁を作ったところ、これが大当たりした。お土産として一度に20個も買う人もいて、最盛期には日に1万食も売れた。
 厨房では、真夜中零時にご飯を炊きはじめ、夕方3時までとにかく何度も炊き続けた。住み込み従業員が28名、通いの人を合わせて総勢50名で、休む間も無く寿司を作り続けたという。それでも毎日売り切れになるほどだった。値段は1折り100円。

 当初はシシャモ、チップの二種だったのが、途中でマス(サクラマス)を追加し、三種となった。名前もシシャモ、チップ、マス寿司に変わった。それらを酢でしめ、ほどよく味付けして、酢飯にのせてクルリと巻く。この巻き方がむずかしい。
 「慣れるまで何年もかかります。でも慣れると押し寿司のように型で作るより、何倍も早くできる。何と言っても早さが勝負ですからね。それと、関西風の寿司だけれど、甘さを控えキリッとした味が受けたのでしょう」
 昭和30年代に、歩合制で給料を払っていた駅弁の販売員が、まだめずらしかった自家用車を持っていたという。それほどシシャモ、チップ寿司の人気はすごかったのだ。
 それにしても、「味を覚えていない」というのが串田孫一さんらしい。

特集 旅と食と文学と 文人たちが出会った味をたどる


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