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1.「旅立ちの空気」 北海道の旅
 
 随筆家の串田孫一さんは、1962年5月、約半月かけて北海道を旅した。その旅の記録が名著『北海道の旅』である。山を愛する串田さんらしく、多くの山のスケッチとともに、道中で見たこと感じたことが淡々と描かれている。

 登場するのは40年以上前の北海道だが、読んでいて少しも古びた感じがしない。もちろん交通機関などは現在とずいぶんちがって、廃線になった列車もたくさん出てくる。
 雨のなか、ピッケルとザックを担いで東京・上野から夜行に乗り、青函連絡船「摩周丸」で北海道へやって来る。そのあとはひたすら汽車とバスを乗り継ぐ旅だ。そして気が向いた町で、あまり豪華すぎない宿に泊まり、良さそうな山を選んで登る。計画は行った先で決める、のんびり旅行である。
霧ヶ峰に向かう中央線の車中にて(1959年)


 時代を感じる場面もたくさんある。たとえば、宿には必ず薪ストーブが燃えており、草原では羊が草を食んでいる(昭和30年代までは道内のいたるところに羊がいた)。修学旅行の中学生たちは、みんな学生帽をかぶっている。
 読み進むうち、私たちは旅にどんどん引き込まれていく。本の約半分は誰かに宛てた手紙で構成されていて、親しい人からの便りを読んでいる気持ちになる。旅先で何かいいものを見つけて、ホクホクと喜んでいる串田さんの姿が目にうかぶようだ。
 なかにいくつか印象的な「食」の場面が登場する。ただし、味の感想はほとんどないし、店の名前などもめったに出てこない。当然そんなことを紹介するために書いたわけではない。でも、さりげなく美味しそうで、なんとも楽しそうである。

 同じ本のなかに、旅立ちについて書かれた文章がある。

 旅立ちというものは、不思議な匂いのする空気が、しばらくのあいだ身につきまとうものである。空白となる私の存在。少なくともここ暫くのあいだは、私の部屋は空っぽになり、特別の闖入(ちんにゅう)者がない限り、机に向かって置かれた椅子に腰をかけて考え込む者はない。(中略)

 この重みを感じる空気をかき分けて行く時に、自分で仕向けた心の暗さがあまりにはげしくなって、とうていその先へ進めなくなったばらば、引き返すより仕方ない。恥しいけれども、ついさっき閉めて出て来た扉をあけて……。(『北海道の旅』本文より)


 旅立ちには「重み」を感じる空気がたしかにある。それが一人旅で、行き先や旅程が決まっていないとなおさらだ。でもだからこそ、私たちは何度も旅にでてしまうのだろう。


烏沢、小篠にて(1959年)
串田孫一(くしだ・まごいち)さん

1915年東京生まれ。詩人、随筆家、哲学者。中学生のころから山登りを始め、戦前から雑誌『山小屋』に文章を発表する。東京大学哲学科を卒業し、1940年から上智大学予科、国学院大学、東京外語大学などで教鞭をとる。東京外語大学教授時代は山岳部部長。
自然、文学、美術、音楽など多方面におよぶ分野で精力的に文筆活動をつづけ、著書は370点を越える。1958年に山の文芸誌『アルプ』(創文社)を創刊、多くの山岳家に愛されたが、1985年300号をもって終刊となる。著書に『北海道の旅』(平凡社)、『若き日の山』(山と渓谷社)、『山のパンセ』(実業之日本社)、『串田孫一集 全8巻』(筑摩書房)他、多数がある。
串田さんの著作
特集 旅と食と文学と 文人たちが出会った味をたどる


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