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特集 産業遺産への旅「石炭の歴史村(夕張市)」
 

 1890(明治23)年の開坑以来、国内有数の石炭生産地として栄えた夕張炭鉱。1980(昭和55)年、炭鉱跡地を利用した「石炭の歴史村」の中心施設としてオープンした「石炭博物館」には、模擬坑道、石炭の大露頭とともに、石炭のでき方や採掘の歴史が膨大な資料によって展示されている。周囲には、旧北炭の炭鉱採炭現場坑口跡地などもあり、「炭都夕張」の面影をみることができる。
 北海道の炭鉱の歴史を知るなら、まずはここへ行ってみよう。

 レンガ造りの博物館に入ると、まず巨大に輝く石炭が出迎えてくれる。夕張の石炭は『れき青炭』とよばれ、質が良く火力が強いためにほとんどが工業用のコークス、ガス等の燃料にされた。家庭のストーブに使うと、火の勢いで鋳物が割れてしまうほどだったという。 
 そもそも石炭とは何か(この博物館はこういう素朴な疑問もすばやく解決してくれる)。石炭の原料となるのは、はるか太古のメタセコイヤという巨大な樹木。これが倒れて沈積し、約5000万年の時を経て炭素の層を形成して石炭となったのだ。

 夕張の石炭発掘は、1888年の「石炭の大露頭」の発見にはじまる。開拓使の御雇技師ライマン(http://www.hokkaido-jin.jp/issue/200301/map_4.html)により、夕張川上流に炭層があることがわかり、さらに調査を進めた結果、24尺(7メートル以上)の分厚い露頭が見つかった。1890年に採炭所が設置されたが、あまりに層が厚いため当時の技術では掘るのが難しく、昭和に入って本格的に採掘が行われたほどだ。最盛期、周辺には大小24の炭鉱が開発され、道内の約9割の石炭が生産され、人口は約12万人を数えた。
 しかし1960年以降は石油輸入の自由化が進み、国内の炭鉱は閉山が相次ぐ。100年の歴史を刻んだ夕張の炭鉱も1990年にその幕を閉じる。

 石炭の生成や種類(すごくたくさんある)、昔の採掘道具(これも山ほどある)や歴史を見たあと、いよいよ地下の採掘現場体験にむかう。「坑道まっくら体験」と銘打ったツアーで、ヘルメットとヘッドランプをつけ、薄暗いエレベーターに乗って一気に「立坑」を降下。雰囲気が一気に盛り上がってきて、自分が炭坑夫になったような気持ちになる。
 ここは実際に使われていた炭鉱の一部で、全長約360メートルもあり、時代を追ってさまざな採掘機械が並んでいる。明治時代は「つるはし」で手掘り、やがてエアコンプレッサーが導入され、「コール・ピック」とよばれる手持ちのドリルが主流となる。その後、機械化が進み、複雑で巨大な機械がたくさん並ぶ。地底約1000メートルのところで、こんなに大掛かりな作業現場が展開されていたのかと思うと驚くばかりである。展示のスイッチを入れると採掘時の音が再現され、ものすごい爆音が響いた。
 2時間たっぷり「まっくら体験」をすると、地上が恋しくなってきた。炭鉱夫は1日8時間、重いコール・ピックを掲げて硬い石の壁を堀り続けたというのに…。

 今回は、説明員の山村光男さんが館内を案内してくれた。山村さんは夕張炭鉱で30年間働いた元炭鉱マン。彼の解説のおかげで、実感のこもった話をたくさん聞くことができた。坑内に数時間埋まってしまった話や、「炭坑夫はお金が貯まらないんだよ」という話や、大勢で暮らした炭住生活など。経験者の声は何ものにも代えがたい遺産である。こういう人に出会うことができるのも産業遺産めぐりの楽しみだ。

DATA
■石炭の歴史村
住所/夕張市高松7番地
電話/01235−2−3417
営業時間/午前9:30〜午後5:00
休館日 /12月31日〜1月5日
入館料/大人800円、小人400円
アクセス/JR夕張駅からバスで5分、または札幌から夕鉄バス・中央バス、岩見沢から中央バス「石炭の歴史村行き」に乗り「石炭の歴史村ターミナル」下車

・夕張市のホームページ
http://www.city.yubari.hokkaido.jp/

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