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特集 地図遊行
鳥瞰図が似合う街
鳥瞰図

 あれは、一九八四年のこと。七年越しの話し合いで、やっとこぎつけた函館市からの鳥瞰図制作の依頼が、よく判らない理由でポシャッテがっくり来た時だった。なんと、ニューヨーク・マンハッタンの鳥瞰図制作の話が舞い込んだ。ラッキーカムカムの気分……。
 早速、現地へ飛んで取材開始。マンハッタンは、川と海に囲まれたひとつの島で、その細長い島の真中に広大な公園があって、あとはギッシリビルが建ち並ぶ。この島も、最初に人が住んだのは南端のウォール街、町の名前はニューアムステルダム。オランダがイギリスに戦いに破れ、明け渡してニューヨークとなった。そして、理想的な都市計画のもと、高架鉄道の発達で、住民が大挙北上。ビルの林立するミッドタウンが出現する。川に挟まれた細長い島のため、さらに北上を続け、アッパータウンに住居街が構築された。この街は、大抵の大都市の様に、まわりに発展することが出来ず、ビル建設ラッシュ時には、自己再成せざるを得ない。低層のビルが、どんどん高層のビルに建て替えられていった。
 高度300メートルのヘリコプターから見下ろすマンハッタン、そうだ!函館山からの見下ろす高度と同じだ。私の生まれ育った函館も両側を海に挟まれた陸繁島で何やらマンハッタンと似ていなくもない。函館も、江戸、明治時代は山の麓の西部地区が発展し、市電の軌道伸長と共に東へ街が拡がって行った。マンハッタンの旧・新街の間の運河が埋められてカナル通りになったのと、郵船浜から入り込んだ運河は銀座通りになったのも似ている。ヨーロッパからの移民を受け入れたニューヨーク港と、内地からの入植者を迎えた函館港。独立戦争と箱館戦争、共に戦場になっている。しかし、街の発展の仕方が似ていたのは戦前までのことで、地形上の類似点なんか全然関係ない街になってしまった。
 比較するのが、初めから間違っているとは思いつつ、あえて、比べて見たのは、故郷の函館に思い入れがあるからだと思う。描いてみて、やっぱりニューヨークはすごい街だ。鳥瞰図に描くにはぴったりの街……私の作品の中でも最高の自信作だ。
 だけど、鳥瞰図としては、函館の西部地区も、きっといい作品になる。郵船浜から坂を登って母校の西高周辺、教会や明治時代の建築群……十九年前に失った機会に、もう一度出合える気がしている。

●石原 正(いしはら・ただし)プロフィール
1937年、函館生まれ。日本の都市鳥瞰図絵師の第一人者。金沢美術大学卒業後、広告代理店を経て、1969年に鳥瞰図絵師として独立。京都、奈良、大阪などおもに関西の街を描き、2000年にはニューヨークの鳥瞰図を出版。著書に『鵜の目、俺の目』(東方出版)などがあり、現在も次作にむけて原稿を執筆中。大阪府在住。


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