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北海道人
特集 森林の力
森 寄稿

北海道における森と川と人のつながり
中村太士

 北海道で川と森林、そして土地利用のつながりを研究するようになってから、北海道の多くの景観が昭和30年代から急激に変化することがわかった。
 昭和29年の洞爺丸台風によって多くの風倒木が発生し、その処理を契機としてカラマツやトドマツなどの針葉樹一斉造林が始まった。天然の針広混交林が、急速に針葉樹の単純林に転換されていく時代であった。
 川は電源や利水・治水を目的としたダム開発や、砂利採取によって直線化され、分断化され、河床は低下した。さらに、昭和36年に制定された農業基本法以降、農地開発のための排水路機能を高めるため、川の直線化は進められた。これによって、川の周りに鬱蒼と茂っていた河畔林は姿を消し、野生動物の生息場環境は急激に悪化、消失した。

川 川

 こうした昭和30年代に始まった森と川の変貌は、森林と川の生態系や川の周辺さらに下流部に成立する湿原生態系にも大きな打撃を与えた。
 都市や農地開発に伴う河道の短絡は、同時に河畔林の伐採を意味し、樹冠による被覆を失った川には直達の太陽日射が水面に差込むことになる。結果として河川水温は上昇し、サクラマスなどの冷水を好む魚は生息できなくなる。
 また、直線化された河道には、蛇行してできる大きな淵は姿を消し、一様な流れが出現する。さらに小さな淵や隠れ場を提供する倒木や流木などは見られなくなり、河畔林から供給され水生生物の食物源になるはずの落葉や陸生の昆虫も少なくなる。森林伐採、道路開設、農地造成によって生産された細粒土砂は、河床の礫間を埋める。
 これによって、水生昆虫や底生魚類は生息場環境を失い、礫間に埋められたサケ・マスの卵は酸素欠乏を起こして死滅する。そして、これら流域土地開発から生産された土砂や肥料、農薬などの様々な汚濁負荷は、やがて末端の湿原生態系に堆積し、貧栄養から富栄養化した立地では樹林化が進む。昭和22年に25,000ヘクタール以上あった日本最大の湿原「釧路湿原」が、現在19,000ヘクタール程度に減少した理由である。

 21世紀は、失った流域のつながりをもう一度取り戻す時代である。
 今、森や川、湿原を再生する試みが、北海道を舞台に始まっている。
 釧路湿原では、変貌する湿原環境を保全するために、日本初の流域レベルでの自然再生事業が始まった。施策内容は、水辺林、土砂調整地による土砂流入の防止、植林などによる保水機能の向上、湿原の再生、蛇行する河川の復元などである。
 もう一つの国家プロジェクトは、サケ・マスの水揚げ高日本一を誇る標津川の再生である。戦前までの標津川は湿地帯をめぐる蛇行河川であり、下流には大規模な未開拓の湿原が広がっていたが、昭和40年代後半までには下流蛇行流路のほとんどがショートカットされ現在の直線河道が完成している。
 近年、地域住民からもイトウやシマフクロウが棲め、サケの自然産卵がみられるかつての標津川をとりもどしたいという要求が出され、行政がこれに応じる形で再蛇行化を一つの手段とした自然再生事業が検討されることになった。

 しかし、これら2つのプロジェクトも多くの難題に直面している。一つは、現在の生態系で定着し、生息している希少な植物種、動物種の問題である。
 釧路湿原でも標津川でも、河跡湖のような特殊な環境に依存する希少な植物や動物が必ず発見される。こうした希少種(時に絶滅危惧種)は、底泥を除去したり通水することにより消失する可能性は高い。復元計画においてこうした種の存在をどう取り扱ったら良いか。さらに、流域全体が変貌してしまった現在、河道の一部区間のみの生態系を復元することが現実論として可能かどうか。多くの問題は流域全体の影響によって発生している場合が多く、一部区間のみの対応では限界があるのも事実である。

●中村太士(なかむら・ふとし)プロフィール

1958年生まれ。北海道大学大学院農学研究科終了。農学博士。1990〜1992年まで米国森林局北太平洋森林科学研究所に留学。2000年より、北海道大学大学院農業研究科森林管理保全学講座教授。
森林と川のつながりを土地利用も含めて流域の視点から研究している。学会および社会的活動も幅広く、工学など応用的分野のみならず、地形学、生態学といった基礎科学の分野でも活躍。主な著書『水辺環境の保全と地形学』(古今書院),『渓流生態砂防学』(東大出版会),『水辺域管理−その理論・技術と実践』(古今書院),『流域一貫』(築地書館)等

 先行して実施されている海外の事例を研究しながら、一つ一つ課題を整理し、日本の自然と社会に合った自然復元のあり方を模索していきたいと思っている。

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