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特集 島紀行ー島の時間を旅する 北海道人トップページへ
「北の島の人々ーシーカヤックで島へ。」
カヤック

 北海道の西には奥尻島、天売島、焼尻島、利尻島、礼文島などの島々が浮かぶ。人々の暮らしはフェリーが行き交う今日、なんら本土と変らないが、住む人は一様に明るい。冬の日本海は時化が続き島は外界から閉ざされる。そんな環境が人々に様々な影響を及ぼすことは想像に難くないが、それにしてもあの開けっぴろげの陽気さ、温かさは何故生まれるのだろうか。僕は海でカヤックを漕ぐ。そしてこれらの島には全て漕いで渡った。僕には、フェリーに乗って島に行くという発想がなかったし、そもそも観光旅行をしたことがない。

 はじめて奥尻に渡った時のこと、暗くなってようやく上がった小さな漁港では漁師たちが出漁の準備をしていた。事情を話し港にテントを張らしてもらい寝ていると、真夜中、漁から戻った漁師にたたき起こされた。「大漁(だいりょう)だったから飲みに行くぞ」とわざわざ誘ってくれたのだ。僕は恐縮して酒をご馳走になった。さらに翌朝には「観光してこいや」と、貸してくれた車で初めて島の観光をした。奥尻が津波に襲われる2年前のことだ。

 海のカヤックに興味をもった十数年前、僕は無謀にも一人で稚内から利尻島まで漕いだ。鴛泊までの30キロあまりを怯えながら漕ぎ島に辿りついた時、漁師は「むかしアイヌは丸木舟でこの海を漕いだって言うが、ありゃ本当だったんだな」とあっさり言い、ふらつく僕が艇を陸に揚げるのを手伝ってくれた。
 奥尻でも利尻でも、そして天売でも、僕は海峡を越えて島に渡るたびに漁師から受けた恩を思い出す。アイヌは皮舟つまりカヤックは用いず、イタオマチップという大型の丸木舟を使ったが、かれらはその舟で宗谷海峡や利尻、礼文を日常的に行き来し、また千島列島沿いにカムチャツカにまで交易にでかけた。島の人達は昔このようにして海を行き来した人がいたことを、当然のこととして知っているのだろう。海峡を手漕ぎ舟で渡ることは傍から見るほど危険なことではない。しかしそこには知恵と判断力が常に求められる。そして漁師が言うように「舟に片足かけたら臆病にならにゃいかん」という用心深さはいつの時代にも問われることだ。海は人を選ばない。

 カヤックは今日、スポーツとして普及しているが、本来それは狩りの道具であり、人々は北極海やベーリング海で木の骨組と海獣の皮でできた小舟を長い時間をかけて進化させてきた。外洋を航海する最小の舟といえるカヤックは、1714年、ベーリングの探険によりはじめて西欧と接触し20世紀に滅ぶまで、8000年に及ぶ北方の海洋狩猟文化の柱でもあった。特にアリュート文化はカヤック文化と言い換えても過言ではない。
 17世紀末、伊勢の船頭、大黒屋光太夫の千石船神昌丸は、難破してアリューシャン列島のアムチトカ島に漂着する。かれらを保護したのはカヤックを操ることに優れていたためにロシアに征服されたアリュートだった。アリュート族は漂着した光太夫一行をロシア人に引渡し、光太夫は十数年の歳月をへてエカテリーナ女帝の赦しを得、日本に帰ることがかなう。アリューシャン列島に住んだアリュートもまた北の島民であり、海から来た人を助けた。光太夫はアリュートによって助けられたのである。
  今日、大黒屋光太夫と同じように漂流してアリューシャンに辿りついても、助けを与えてくれるアリュートはすでにいない。第2次世界大戦以降、アリューシャンの多くの島は無人となり、18世紀ロシア進出以前に1万人を数え、列島のすべての島に暮らしていたアリュートは、少数のアリュートの血をひく人々がアトカ島やプロビロフ島などに残っているだけだ。

 僕はスポーツとして海を漕ぎ、アリューシャンやパタゴニア、南米最南端のホーン岬にまででかけた。しかし一人ができることなどたかがしれている。すこし年をとった今、僕が漕ぎ続ける理由を探すとすれば、それは様々に変化する海の魅力にいまだ惹かれているからだろうと思う。一万数千年前、アジアからアリューシャンに至った人々は、その後数千年をへて西のアッツ島にまで達した。かれらは未知への強い意思と冒険心を持ちカヤックを漕いだ。おそらく数え切れない漕ぎ手が海の藻屑となり、それでもかれらは漕ぎ続けた。北の自然は人を鍛え優しくする。離島に住む人々が弱いものを助け陽気なのも、そんな理由のためかもしれない。

カヤック

新谷暁生(しんや・あきお)
1947年生まれ、冒険家。極地登山とシーカヤックのスペシャリスト。1996年に世界ではじめて冬のホーン岬をシーカヤックで通過、関野吉晴氏の「グレートジャーニー」では氏と共にカヤックを漕いでビーグル海峡を渡るなど世界各地で活動を続ける。現在、ニセコ町で「ノーザンアドベンチャーカヤックス」と「ロッジウッドペッカーズ」を主宰。毎年夏に北海道の知床半島などでカヤックツアーを行う。また冬期間は毎日ニセコの雪崩情報を提供し雪崩事故防止に尽力する。

・ノーザンアドベンチャーカヤックス
URL:http://www2.famille.ne.jp/ ̄bear/

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