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北海道人トップページへ 特集 北の花めぐり
坂田明 月形町30年のあゆみ―花生産者をたずねて
わがままな花づくり人
「花のまち」として知られる、空知の月形町をたずねた。札幌から車で約1時間。広い畑のあちこちに、大きなビニールハウスが並んでいる。そのなかには早くも色とりどりの花が咲き乱れていた。

月形町,花 1971年、北海道ではほとんど花栽培が行われていないころ、月形で7戸の農家が花づくりをはじめた。米の生産調整のために、稲作から花へ転換したのだ。栽培方法から販路拡大まで、手さぐりで研究を重ね、しだいに実績をのばしていった。  いまでは生産戸数も100ちかくに増え、10年前からは毎年約10億円の売上高をほこっている。生産地としては全国でもトップクラス。その安定した売上もさることながら、月形の花づくりには大きな特徴がある。  

 それは、とにかく花の種類が豊富なこと。
 いつもどこかで、他では見たこともない新しい花がスクスクと育っている。  
 その理由はどこにあるのだろう。  

 月形で花づくり20年めという、坂田明さんがこう説明してくれた。  「月形の人は、みんな『我がまま』なんです。自分が作りたい花をどんどん作る。だから種類が多くなる。ふつうは産地ごとにユリならユリ、カーネーションならカーネーションと同じ花を育てることが多いんだけど」

 坂田さんは月形生まれの月形育ち。日に焼けた横顔がたくましい、いかにも「力持ちの優しいお父さん」という感じの方である。とても我がままな人には見えないが、話を聞いているうちに、だんだん意味がわかってきた。坂田さんのいう「我がまま」は、「強い意志」という意味なのだ。

花,サンダーソニア

 坂田さんの家は代々酪農を営んでいて、坂田さんも将来は後をつごうと考えていた。大学で酪農を勉強したあと、カナダにわたって本格的な酪農技術を学んだ。ところが、ちょうどカナダから戻ったころ、国内で牛乳の生産調整が始まった。牛だけではとてもやっていけない。坂田さんは一大決心をして、牧場の隣にカスミ草の花畑を作った。

 「昔から、牛とか馬とか大きな生き物が好きだったんです。まさか、こんなに小さな花を仕事にするとは、思ってもいませんでした」  それから今年で19年がたち、カスミ草だけだった花畑には、いまや10種類以上の花が育っている。

 「花づくりは、自分がやった仕事が市場の評価につながりやすい世界です。美しく、花もちのいい花をつくれば、必ず高く評価される。がんばってめずらしい花を作れば、必ず注目される。作り手として、これほどうれしいことはありません」

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