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北国に咲く桜、チシマザクラ
桜
桜,説明
  チシマザクラ
  木によって個性豊かといわれるチシマザクラ。花は白色が多いが、濃い紅色から薄紅色まで幅広い。根室では毎年5月末ころに咲き、花の期間は1週間から10日と長めである。(写真提供・根室市)
   
清隆寺,チシマザクラ
  手入れが行き届いている点が高く評価され、2001年に「北海道故郷元気快」(本部・函館市)が選ぶ「ふるさと景観賞」を受賞した。(写真提供・清隆寺)  
   
清隆寺,細川憲了清隆寺,細川憲了
  現在は、奥さまとともに境内の木々の世話を行う。国後から来た最初のチシマザクラは、この寺の住職が3代にわたって育てている。  
国後島から運ばれ、根室に根付いた一本の桜
 「今年はいつごろでしょう」
 毎年5月になると、根室市の清隆寺住職、細川憲了(けんりょう)さんのもとにいつもの電話がかかってくる。「日本一遅い桜」を楽しみに全国から寄せられる問い合わせの電話である。
 「日中の気温が12、13度をこえて、それが3日ほど続くとパッと咲きます。でもこればかりは花に聞いてみないとわかりませんね」
 細川さんはそういって穏やかにチシマザクラの木々を見上げた。
 境内には見事なチシマザクラが約30本。特有の枝ぶりは、地面から沸き立つように大きく力強く広がっている。咲きはじめが薄紅色で、満開になると白く輝き、最後にもう一度紅く染まる。
 近づいてみると、どの枝先にも小さなツボミがぎゅっと結ばれていた。
 根室のチシマザクラはもともとこの地にあった桜ではなく、海をこえて国後(クナシリ)島から持ち込まれたのがはじまりだった。
 「明治2年、わたしどもの檀家だった大工さんが、仕事で国後島へ行かれたときに見つけた桜を、持って来たのが最初です」
 田中文七さんという大工さんが、その桜を自宅の庭に植えて育てはじめた。まちの人からは「クナシリザクラ」と親しまれ、根室の風土にしっかりと根をおろして成長した。
 それから30年ほどがすぎ、美しい花が咲きほこるようになったころ、桜は清隆寺に寄贈された。島から持ってきた時は胸に抱えられるほどの若木だったのが、寺に運ぶ時は馬車でなければ動かせないほど、大きくなっていたという。やがて清隆寺の境内に落ち着き、初代住職の憲明さん、二代目の憲栄さん、そしてたくさんの檀家の人々に見守られながら育った。
 「毎朝のように草取りに来てくれる方や、害虫退治に来てくれるご近所の方々がいて、ずいぶん助けていただきました。長い間に本当にいろいろなことがありましたよ」
 細川さんは昔を思い出す。
 昭和20年7月14日、15日、根室は大空襲をうけた。当時、細川さんは旧制根室中四年、根室郊外の落石(おちいし)で勤労奉仕に従事していた。空襲で市街地は約8割が焼失。細川さんは焼ける街並みを見ながら「寺も桜もだめかもしれない」と思った。しかし仕事から戻ると、寺と桜の木は残っていた。
 そのころはどの寺にも兵隊の人々が寄留していて、多くの寺では屋根の上から艦載機に反撃し、その返り討ちにあったという。しかし清隆寺にいた千島交替帰りの小隊は、「下から交戦しても相手にあたらず逆に狙われるだけだ」と反撃を控えたため、空襲の被害から守られたのだ。
 
 その木は、いまも境内にある。樹齢およそ140年、高さ約3メートル。大きくはないが、どっしりと風格をたたえている。毎年美しい花をつけ、丈夫な黒い実を結ぶ。現在、根室市をはじめ道内にあるチシマザクラの多くが、この木を源流としているという。
気の持つ「力」を信じて
 「先々代のころにお預かりした桜ですから、大切にお世話させていただいています」
 清隆寺では、こまめに肥料を施したり土壌を改良したり、年間を通じてさまざまな作業を行う。枯れた枝を払ったあとは、傷口から腐らないよう手当てが欠かせない。7月には一つずつ種を摘み取り、ていねいに植え苗木を作る。それでも植えた種の約1割ほどしか花をつけるまでに成長しないという。毎年毎年、根気と愛情のいる作業だ。
 「でも一番大事なのは、桜がもつ力を伸ばしてあげることです」と細川さんはいう。
 こんな話を聞かせてくれた。
 清隆寺の桜は、数年に一度、花が咲いても実をつけない年がある。前年の夏の気温やさまざまな条件が重なってそうなるのだが、これは「桜が自分の力を蓄えるための防衛策」と細川さんはいう。
 桜にとって、花を咲かせて実を結ぶのは子孫を残す本能である。しかし、それが毎年では少し疲れてしまうのだ。そこで、たまに「一回休み」がある。そのサイクルに合うように、でしゃばりすぎず、さりげなく手伝いをすることが大事なのだ。
 また、気温の低い根室では木の成長がおどろくほど遅く、1年で7〜8センチ伸びるのが平均的。だからといって肥料を与えすぎたり、周りをあれこれいじるのはもってのほかだ。ゆっくりした成長だからこそ、ゴツゴツとしながらも温かい樹形ができあがるのだから。
 その積み重ねが、これほどに美しいチシマザクラを形づくるのだから。
 
 
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