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文化人切手,中谷宇吉郎
平成12年「文化人切手」
中谷宇吉郎・生誕100年




雪,子供



・雪についての総合学習を支援する「北海道雪たんけん館」
http://yukipro.sap.hokkyodai.ac.jp/


・札幌青少年科学館
(北方圏のコーナーに、中谷の人工雪の装置が展示されている)
http://www.ssc.slp.or.jp/


・中谷宇吉郎 雪の科学館のページ(石川県加賀市)
http://www.city.kaga.ishikawa.jp/
sight/history/history/yuki/
index.html



雪の美術館(旭川)
(中谷博士をはじめ雪関連資料や映像がたくさん展示されている)
 
特集 雪の楽園<パラダイス>
中谷宇吉郎への旅--雪は天からの手紙である
●中谷宇吉郎を語り継ぐために
 戦後、中谷の名は世界に知られるようになっていた。
 中谷は、1952年からアメリカの雪氷凍土研究所(SIPRE)の顧問研究員となり、アラスカのメンデンホール氷河の単結晶を使った研究を行っている。54年には、ハーバード大学出版部から『Snow Crystals, natural and artificial』(雪の結晶―天然雪と人工雪)を出版し、中谷の世界的名声は不動のものとなった。
 国際雪氷委員会副委員長に就任した57年からは、毎年グリーンランドに出かけて、氷冠(アイスキャップ)の研究を行っている。しかし、この間ガンが中谷の体をむしばんでいた。1960年に最後のグリーンランド行きを終えた後、中谷は入院した。手術と療養のかいなく、1962年、中谷は骨髄炎で世を去る。

 中谷宇吉郎は、北海道の冬と雪の舞台で、世界に通じる先駆的で革新的な研究を行った。同時に、科学のなんたるかを普通の人々に伝えた偉大なる<北海道人>だった。昭和30年代の科学少年たちにとって、雪博士・中谷宇吉郎は神様のような存在だったという。 
 しかし今、中谷の足跡は、北海道大学のなかや札幌市青少年科学館のなかにわずかにその痕跡をとどめるに過ぎない。
 中谷の生地である加賀市では「中谷宇吉郎 雪の科学館」が作られ、北海道での中谷の研究が展示され、多くの子供たちに感銘を与えているにもかかわらず、北海道内の小中学校で、現在正式な教材として中谷宇吉郎が取り上げられていることは、ほぼ皆無といっていい。
 子供たちの理科離れが言われて久しいが、中谷の名は、次第に忘れられようとしているように見える。
 元北大低温科学研究所所長の秋田谷英次氏は、「北海道大学の理学部の卒業生で、中谷宇吉郎を知らない人がいた」と苦笑して、こう話す。
「いま、理科離れといわれる子どもたちの現状は、自然とすっかり離れてしまい、興味をもてないからではないか。自然に興味をもち、科学的精神をもっていることは、これから生きていくうえで必ず欠かせない要素となるだろう。それが中谷の心とつながることだ」
 
 新しい教育のあり方としての総合学習が始まるなかで、地域にふれた学習も多くなっていくだろう。そのなかで再び子供たちが、北海道に生きた雪博士・中谷宇吉郎に触れる日がくることを、そして「ねえ君、不思議だと思いませんか」という言葉が、次の世代に伝えられていくことを、わたしたちは心から祈りたい。



中谷博士をもっとくわしく知るために
冬の花びら 天から送られた手紙 雪と氷の科学者 中谷宇吉郎
『冬の花びら』
高田宏著
(偕成社 1986年)
『天からおくられた手紙』
[写真集 雪の結晶]
中谷宇吉郎 雪の科学館
(加賀市地域振興事業団
1999年)
『雪と氷の科学者 中谷宇吉郎』
東晃著
(北海道大学図書刊行会
1997年)



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