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日本一のサケのまち・標津町にて「シャケバイ」体験記
日本一のサケのまち・標津町にて「シャケバイ」体験記
箕輪直人
◆箕輪直人(みのわ・なおと)
1979年12月7日札幌生まれ。現在大学生4年。劇団「ジー・ウイルス」「ワクチン」団員。モットーは「笑いと涙のある芝居」。
 
はじめに
 風が冷たくなりはじめた10月、僕は道東の標津(しべつ)町へ行った。標津は羅臼とならんで秋鮭漁のさかんなところである。堂々日本一の水揚げ量を誇る年が多く、秋になるとまちはサケ一色に染まる。
 その標津に、毎年9〜10月になると全国から大勢の若者が集まるという。彼ら、または彼女らは、ライダーだったりキャンパーだったり、さすらいのフリーターだったりとバラバラだが、目的はただひとつ、「シャケバイ」である。
 シャケバイという言葉をはじめて聞いたとき、胸がさわいだ。もちろんバイト代が欲しかったわけではない。バイトならいまも芝居のかたわら居酒屋で働いていて、その稼ぎはけっこう悪くない。最近は、まかないの食事も作るようになった。包丁の腕も上達したし、カレイも五枚におろせるようになった。
 でもサケはどうだろう。秋鮭のわんさと揚がるまちで、大勢の若者が朝から晩までサケと格闘する現場では…。僕は好奇心が大きく動くのを感じた。見てみたい。そして僕も、その喧騒のなかでサケをさばいてみたい。
 僕は、今年で17年目をむかえるという「標津漁協産地加工センター」のシャケバイに加えてもらうことになった。バイト期間も終わりに近づき、受付はもうとっくに過ぎていたが、特別許可をもらうことができた。
 本文はその記録である。
 
朝の港にて
 早朝5時前、標津漁港へ向かった。まだ外は暗く寒い。ダウンを着込んでニットの帽子をかぶってもまだ寒い。標津はもうすっかり冬だった。
 漁港につくと船がぞくぞくと帰って来るところだった。ざっと30隻。お日様といっしょに水平線の向こうから船が見えてくる。
 港についた船からは、銀色に光るサケが次々と引き上げられる。クレーンのような棒(ユニックという)で大きな網をつり上げ、タタミ3畳ほどもある台の上にサケがぶちまけられると、すかざす周りで待機していた男たちが一斉に選別にかかる。オスメスと等級ごとに分けられ、氷水の入った大きな水槽にドブンと入れ、あとはセリを待つばかり。この間わずか30分。流れるような人々のチームワークに圧倒された。
 セリがすむと、いよいよシャケバイの出番だ。僕は全身に力がみなぎってくるのを感じた。
鮭,漁,北海道
その大量のサケがあっという間に引き上げられ、選別される。新鮮さが命。
標津の鮭漁は定置網による。小さめの船一隻を満載にして約4500キロ(およそ1000尾)。
鮭,漁,北海道
  鮭,漁,北海道
作業開始
 朝7時すぎ、漁協の小林次長にシャケバイのユニフォーム一式を支給される。全身をカッパで包み、長靴、手袋をはく。かなりあたたかい。
「お、よく似合うよ。これで立派なライダーだな」

 次長のあとについて加工場に入ると、さっき水揚げされたばかりのサケが山のようにあふれていた。どこを見てもサケ、サケ、サケ。でも生臭い空気は全くない。これは魚が新鮮だからだろうか。
 そのなかで、約60人のシャケバイの人々がそれぞれの作業についている。黙々と、でもわりと楽しそうだ。みんなの体が一定のリズムにのって動いている。僕が勝手に想像していたよりも、ずっとスマートだ。
 僕は、メスのお腹をさいて筋子を出すチームに入ることになった。刃の先端が丸くなった専用ナイフを渡される。これはお腹のなかの筋子を傷つけないためだ。

 周囲の人たちを見様見まねで、作業にかかった。まずサケの腹に、お尻のほうからナイフを入れる。刃は外向きだ。頭に向かって一気に包丁を進めると、気持ち良いくらいスーッと切れる。すると、深紅に光輝く筋子があらわれる。ずっしりと大きくて冷たい。その筋子をわしづかみにしてそっと取り出し、まな板に四角く開いた穴に、静かに落とす。筋子は、ベルトコンベアーにのって次の作業段階へ流れていく。筋子を出した本体は、また別のコンベアーにのせ、次は内臓をキレイにする作業へと移る。僕の持ち場は、ただひたすらに腹をさき、筋子を出す。この繰り返しだ。
鮭,漁,箕輪直人
シャケバイスタイルは、長靴、カッパ上下、ゴム手袋、うで抜き、さらに両足から胴体をすっぽりおおう前掛けが基本。これで水しぶきも完璧に防ぐことができる。作業中は帽子も忘れずに。

鮭,ナイフ 筋子出し専用の、刃の先端が丸くなった小さなナイフ。切れ味は抜群。毎日作業のあとは漁協の方が刃を研いでくれる。だいたい1シーズンたつと刃が減ってしまうので、使えなくなるという。
  鮭,漁
先輩に作業のコツを教えてもらう。
のってきた!
 作業自体は簡単なはずだが、どうも上手くいかない。となりで全く同じ作業をしている先輩をみると、少なくとも僕の3倍のスピードで事が進んでいる。しかも、まな板の上がとてもキレイだ。僕のまな板は、すでにサケの血で真っ赤になっているのに。困惑気味の僕に、先輩は的確なアドバイスをくれた。
「内臓の部分に刃を当てないように。ナイフはこれくらい斜めの角度に持って」
 なるほど、あまり深く切り込んではいけないのだ。左手でサケの体をしっかり押さえ、右手は軽く、力を入れずにナイフを動かす。30分もすると、だいぶんコツがわかってきた。リズムにのると手がどんどん早く動く。無心になる。


鮭,漁
 山のようにあったサケが、僕を含め10人ほどの「筋子出しチーム」の手にかかり、あっという間に筋子と本体に分けられる。筋子はすぐに別の無菌室へ運ばれ、バラバラにほぐされ、イクラの醤油漬けが作られる。本体は「ちゅう」と呼ばれる内臓類を取り除き、腹のなかをきれいにし、「ドレス」と「セミ」に加工され、急速冷凍にかけられる。「ドレス」とは頭を落とした姿のことで、ヘッドレスの略だという。「セミ」は頭つきである。

 ひと山分の作業が終わり、少しほっとしていると、大きなコンテナでまた大量のサケが運ばれてくる。その山にみんなで一斉にとりかかる。大きな山を切り崩し、着実に作業を進めていく。誰も手を抜かない。無言のなかにも、たしかな連帯感を感じる。これで僕もシャケバイの一員になれただろうか。
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やっと作業のリズムにのれるようになった。
 
ひとやすみ
 なつかしいチャイムが鳴って、休憩時間。加工場のとなりの休憩小屋へ移るが、今日は天気がいいので、みんな外のイスで日なたぼっこをしている。タバコをくゆらし、水筒にもってきたお茶を飲む。
 シャケバイ期間中は、全員が近くの宿舎に泊まり込みなので、朝から晩までずっと一緒。この生活が1ヶ月から2ヶ月は続く。みんなすっかり気心が知れて、お互いあだ名で呼びあっている。毎年、ここで顔を合わせる人もいるという。
「石垣島から来ているんです。もう8年くらい続けてるかな」
「僕は東京から。ツーリングで北海道に来て、シャケバイ募集のポスターをみて来ました」
「夏じゅう、北海道旅行をして、お金がなくなって、最後にシャケバイをして帰るんです」
「もうすぐ寒くなるから、そろそろ終わりだね」
 それぞれの思いを胸に、シャケバイのシーズンは10月末でほぼ終了。来年は僕も、2ヶ月間びっしり本腰を入れて働いてみようか。今度こそ、本物のシャケバイになるために。
鮭,漁,シャケバイ
シャケバイのみんなと。

◆標津漁業協同組合産地加工センター
北海道標津郡標津町北5条東1丁目2-1
電話:01538-2-1188
FAX:01538-2-1199
ホームページ:http://www.sake.or.jp/
◆直売所
北海道標津郡標津町北6条東1丁目1-1
電話:01538-2-2035
FAX:01538-2-2388
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