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  北海道人トップページへ   特集 北の縄文を旅する
      津軽海峡から噴火湾へ-縄文のクニと海のネットワーク
       
 
日本,イメージ
日本,昔,イメージ



(*) 北海道で最も古い人間の足跡は、旧石器文化に属する千歳市祝梅三角山遺跡で、今から約2万3千年〜2万年前のものと考えられている。




http://www.museum.kyushu-
u.ac.jp/WAJIN/wajin.html

九州大学ミニミュージアム「倭人の形成」

http://www.nig.ac.jp/museum/
evolution/evolution.html

国立遺伝学研究所「遺伝学電子博物館」のDNA人類進化学

http://www.nichibun.ac.jp/
omoto_home/index.html

国際日本文化研究センター「日本人および日本文化の起源に関する学際的研究」
 
江見隼人<えみ・はやと>
 わたしは、どこからきたのか。
 アジアの都市の人混みにまぎれると、必ずそのことを考える。
 ソウルの雑踏で、香港の食堂街で、台北のバスのなかで、マラッカ、シンガポール、そして那覇の街角で、わたしは行き交う人々の顔をじっと見つづけてきた。頭蓋によって作られる顔の造形、目や鼻のかたち、そこに自分に連なる何かを見つけたいと、いつも思う。
 手がかりは、いくつかある。
 耳あかが湿っているのは、南方の民族、そして縄文人に連なっている。二重の目や顔の輪郭線は東南アジア的だ。鼻のかたちやA型の血液型には、大陸系の血が混入している。南から北からやってきたわたしの祖は、この列島で混じり合ったのだろうか。
 北海道という北の大きな島にいつころから人が住み始めたのか。
 かつて地続きだったシベリアからサハリンを経て南下してきた人々がいたことは、すでにわかっている。旧石器時代と呼ばれた数万年前、マンモスを追って彼らはこの島にやってきたのかもしれない。(*)




 その後、約1万2千年前、日本列島に世界にも類例を見ない華麗な土器文化・縄文文化が成立する。この縄文文化を携えた縄文人たちは、南方から北を目指した人々である。縄文人の<根>は、かつてひとつの大陸を形成していた東南アジアにあったことは、定説になろうとしている。
 その縄文人を直接の祖とすると思われる民族が、日本列島にいる。
 豊かで独自な文化を伝えるアイヌ民族と琉球民族である。古くはエミシ、エゾと呼ばれ、また南ではクマソ、ハヤトと呼ばれた者たちもそうだろう。おそらく7割がた縄文人のわたしは、千年の単位で彼らと血でつながっているにちがいない。
 縄文の旅とは、自分を見つける旅でもある。


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