HOME > 北海道人特集−「となりの北海道人」 ページ2

北海道人特集−「となりの北海道人」
文・写真/大藤紀美枝

父も子も愛妻家で子育てに懸命

湿原の自然な姿を温存しヨシなどが茂る鶴公園のケージの中で、愛妻・ノシロと暮らすタン

湿原の自然な姿を温存しヨシなどが茂る鶴公園のケージの中で、愛妻・ノシロと暮らすタン

―タンのお父さん・タロは、どんなタンチョウでしたか。

 「開園にあたって捕獲したうちの1羽で、他のタンチョウに比べて人なつこかったです。野生の雌と“つがい”を形成し、16羽の子を設けました。老衰のため平成6年に36歳で死亡しましたが、前の年まで卵を温め、ちゃんとヒナをかえしていました。タンチョウの夫婦はヨシを折って巣を作り、そこに卵を産んで交代で温めます。水が出ようが火が迫ってこようが命を張って卵を守り、洪水で卵が水につかっても見失うまで決してあきらめません。幾日も雨が降りつづいて園内の小川が増水したとき、タロもそうした行動を取ったんでハラハラしました。 タンチョウの卵は4時間以上水につかると死んでしまいます。洪水で親が見失った卵を探しだして、ふ卵器で温めるというのが鶴公園における人工ふ化の基本でした」

―タンは人工ふ化・飼育だそうですね。

 「はい。タンもタロに似て人なつこいですが、人工ふ化にしては自然に近い状態に調教できたと思います。そしてマウという、やはり人工ふ化の雌と“つがい”を形成させることができました。カラスなど外敵がくると、タンは『俺に任せろ』とばかり威嚇して男気を見せ仲むつまじかったのですが、残念なことにマウは“けが”がもとで死んでしまいました」

―で、タンはどうしたのですか。

 「再婚させました。タンチョウ同士の自然な出会いが本来の姿でしょうが、早く連れ合いを見つけてやりたかったので僕が野生のタンチョウの雌に誘惑の声を発して、タンとの“鳴き合い”、“つがい”形成に導きました。タンは現在30歳でタンチョウとしては高齢だけれども、自然界からきた12歳ぐらいのノシロと元気に暮らしています」

きっぱり子別れ、自然のルールが成長を促す

降りつづいた雨で鶴公園内も洪水に。卵を守るため懸命に巣を繕う在りし日のタロ(写真提供:高橋良治さん)

降りつづいた雨で鶴公園内も洪水に。卵を守るため懸命に巣を繕う在りし日のタロ(写真提供:高橋良治さん)

―高橋さんはタンチョウと会話できるのですか。

 「人間の言葉ではあるけれど、タンチョウ流の音の高さに合わせてしゃべります。タンチョウの卵は約32日でかえるのですが、ふ卵器にかけて20日を過ぎると、『ピーちゃん、俺だぁ』との声に反応して卵がかすかに揺れ動きます。そして28、29日目になると卵の中で『ピルルルル』と返事するようになります。ヒナは卵の中で聞いた声、つまり音を覚えていて、卵からかえった後、さみしかったり、つまずいたりしたとき、この音を聞くまで鳴きつづけます。
 タンチョウの親は、こうやって卵のときから、いろんな声かけをしてるんです。僕はそれを真似て人工ふ化・飼育をしましたが、えさをやるときはお母さん流にやさしく『おいしい?』『いいねぇ』と声をかけ、危ないときはドスを利かせて『コラッ!』『ダメ!』と叱りました。こうして声の使い分けをして育てないと、子育てする段になって子の発する音(声)が理解できない親になってしまうんです。ですから園内で人工ふ化・飼育したタンチョウの雄と雌が“つがい”を形成し、無事子育てできたのを確認して初めて人工ふ化・飼育の成功を実感しました」

―人工飼育で特に注意したことは。

 「僕を親鳥と思い込む“刷り込み”を消すことと、子別れです。タンチョウの卵は5月の初めごろかえるんです。親は本当によく面倒をみますが、生まれて約10カ月経った翌年3月ごろ、ある日を境に子を突き放します。威嚇したり、くちばしで突いたりして、それは激しいものです。人工飼育でどうやって子別れするか考えた末、幼鳥が成長するにつれ、後頭部や背毛の下、尾の付け根を触ると嫌がるようになるところから、この“嫌がる3カ所”を同時に触ることを繰り返しているうちに寄ってこなくなりました」

高橋名誉園長とタン。繁殖期になると頭頂がタン(丹)という名のとおりもっと赤くなる

高橋名誉園長とタン。繁殖期になると頭頂がタン(丹)という名のとおりもっと赤くなる

―人工飼育したタンチョウで、自然界に飛び立った個体はいますか。

 「何羽もいるから、飛んでいるタンチョウに『俺だべ』って声をかけられることがあります。いつも『俺だぁ』と声かけをしていたので、僕のことを『俺』という音で認識しているんです。タンチョウの世界では、親は一度子別れしたら二度と声をかけないから、僕はじっと我慢する。だけど、不意を突かれて返事をしてしまうことがあるんです。すると急ブレーキかけて戻ってきて僕の頭の上を旋回し、『よぉ!』ってことになる。いやはや失敗したなぁって思いますよ」

―タンチョウにかかわって半世紀。振り返っての感想は。

 「タンチョウにとってどのような環境が最も住みよいのか考え、タンチョウが望む環境づくりをすることが飼育員の務めだと思います。それから生き物に対して嘘は禁物です。人工飼育のタンチョウに僕が飛び方を教えたんですが、飛べるようになって、『行こう』としつこく誘われても人間の僕は飛べるわけがない。結果的に僕はタンチョウに嘘をついたことになります。それが一番辛かったです」

*鶴公園は昭和33年に丹頂鶴自然公園建設期成会により開園。
翌34年、釧路市に寄付移管され釧路市丹頂鶴自然公園が発足。

このページの先頭へ


特集メニュー

特集・連載バックナンバー

  • ▽北海道人の過去特集はこちらからご覧いただけます
    特集・連載バックナンバーへ