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北海道人特集

十勝に暮らし、十勝を撮る

田代陽子さんと「空想の森」の10年

文/小笠原 淳 写真提供/空想の森映画祭実行委員会

↑映画祭の舞台・新得町の新内小学校跡(2003年)

川崎市出身―ふらりと帯広に移住、これまでの人生の約半分を十勝で過ごすことに
↑川崎市出身―ふらりと帯広に移住、これまでの人生の約半分を十勝で過ごすことに

[人って捨てたもんじゃない]

 「この画を撮りたい」から解放されたのは、一昨年のことだった。

 「どうして始めたのか、よく憶えてないんですよ」と、田代陽子さん(39)は苦笑する。北海道・十勝でドキュメンタリー映画を撮ることになったのは2002年、故郷の川崎市から帯広に移住して8年が過ぎたころだった。
 移住3年後の春、帯広から50kmほどを隔てた町で小さな催しが始まった。
 「なんとなく『観てみよう』っていう感じで出かけたんです」と、その日を振り返る。JR新得駅から約10km、文字通り森林地帯の真ん中で、「SHINTOKU空想の森映画祭」は開かれていた。催しの名は、のちに田代さんが手がける作品のタイトル候補に採られることになる。
 「こんな人たちがいるんだ」と思った。地元・十勝の普通の人たちが、出自も肩書きも関係なく、同じ汗を流して小さな映画祭を切り盛りしている。作業着や野良着のスタッフが運営に走り回り、夜は銀幕の前で車座になって語り合う。手弁当のイベントで目の当たりにした光景は、閉幕後もしばらく忘れることができなかった。それまで「年に1本観るか観ないか」だった映画の魅力に、たちまちとり憑かれた。「つまんない」と思っていたドキュメンタリーの世界にも、強く惹かれた。
 10日後、映画祭の実行委員会が事務局を置く「森の映画社」を訪ねていた。「もう一度、あの場所に行ってみたくなった」からだ。「事務所っていっても、要は藤本さんの自宅なんですけど」と、田代さんは笑う。新得に根を下ろしたドキュメンタリー監督・藤本幸久さんとの交流が、この時始まった。
 映画祭で知ったドキュメンタリー作品のひとつに、新潟水俣病を扱った長篇『阿賀に生きる』(佐藤真監督、1992)があった。同作で撮影監督を務めた小林茂さんが、内戦只中のウガンダの子供たちを撮った写真の展示会を札幌で開くという。「帯広でもやりたいね」と、誰かが言った。「『阿賀に生きる』も上映したいね」と、声が続いた。
 何のあてもなく、上映会と写真展を企画した。空想の森映画祭の半年後、帯広の隣町・音更町で実現した上映会には、想像を超える250人が足を運んだ。写真展「ウガンダに生まれて」開催に向け、多額のカンパも集まった。2カ月後に帯広市内で開いた写真展では、上士幌高の3年生たちがボランティア運営に加わってくれた。「人って捨てたもんじゃない」と思った。

[3万6000フィートのもがき]

長篇『闇を掘る』(藤本幸久監督、2001年)では監督らとともに16mmの編集を手がけた
↑長篇『闇を掘る』(藤本幸久監督、2001年)では監督らとともに16mmの編集を手がけた

 翌年、それまで勤めていた地元の出版社を辞めた。前後して、森の映画社の藤本さんから声がかかった。製作中のドキュメンタリー作品『森と水の夢』にスタッフとして参加しないかという。断る理由はなかった。3人所帯の映画社で、カメラ助手を務めながら制作進行を管理し、ロケハンから人の手配、撮影中の食糧調達までをこなした。次いで、炭鉱に暮らした人たちの今を記録した『闇を掘る』にも参加し、16ミリフィルムの編集を手がけた。毎年春には、映画祭の運営に東奔西走した。
 映画祭に関わる人びとを撮ろうと思ったきっかけは、よく憶えていない。2002年の春、何の構想もなしに16ミリカメラを回し始めた。被写体は、映画祭で出会って以来の仲間だった3人の友と、そして自分自身だ。3人のうち2人が勤める「新得共働学舎」で農作業を手伝いながらの撮影生活だった。一口1万円で制作資金を募った「応援団」はすぐに200人余になり、映画祭を切り盛りするスタッフも増えた。クランクイン翌年の春には、撮ったフィルムが3万6000フィート(約18時間)に達した。
 そこで、カメラが止まった。

 

 《去年の秋ごろから体調が悪くなり、久しぶりに病院に行ってみると子宮筋腫という病気でした》―映画「空想の森」便り 第4号(2004年7月)

 

 その年、初めて映画祭に欠席した。
 思わしくないのは、体調だけではなかった。撮りたい画が撮れない―。いつも最良の瞬間を逃がしているような気がした。資金は底をつき、撮影スタッフとぶつかる場面も増える。しかし、何があっても諦めるわけにはいかない。200人以上の期待を、無駄にすることはできない。

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