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NPO通信 取材・文・写真/編集部 北海道人
連載第3回 歴史的建物の保存や再生について「まるごと全部、引き受けます」 ― 「旧小熊邸」倶楽部
旧小熊邸

■NPOプロフィール
旧小熊邸倶楽部

 1995年、取り壊しが検討されていた旧小熊邸(19272年建築)を市民の手で保存しようという運動がおこり、1996年に「旧小熊邸の保存を考える会」が設立される。メンバーは建築や都市計画の専門家から主婦までさまざまで、建物の保存にむけて活動を開始。市民の署名を集めるとともに、関係機関や協力者と話し合いを重ね、1997年に移築・復元が決定。会はそれまでの意志を受け継ぎ、「旧小熊邸倶楽部」と名称を変えてNPO法人となり、引き続き保存・再生の活動を続ける。その後、道内にあるそのほかの歴史的建造物についても、市民、行政、企業などが連携し、文化的な遺産を未来へ継承していくために、保存・再生の活動を続けている。会員約120名。

旧小熊邸、保存活動のはじまり

 旧小熊邸倶楽部、代表の東田秀美さんにお話を聞いた。
 「北海道の風景を形づくっている古い建物や街並みが、いとも簡単に無くなってしまうことにずっと疑問を感じていました。古いものは維持にお金がかかるし、建て替えたほうが簡単で、便利なことは分かります。でも、それでは『地域の財産』は消えてしまいますよね」
 東田さんは小樽市花園(はなぞの)で生まれ、明治、大正、昭和初期から続く古い景色のなかで育った。歴史的な建物が「あってあたりまえ」の環境で暮らしながら、同時にその風景がどんどん損なわれていくことに、大きな疑問を感じていた。やがて社会人になり、札幌に暮らすようになってから、思いはますます強くなっていた。

 

創建時(1927年)の小熊邸(写真提供:北海道大学・建築史意匠研究室)

当時の応接室の様子(写真提供:北海道大学・建築史意匠研究室)

 

小熊桿(おぐま・まもる/1885〜1971年) 1995年の夏、札幌市中央区南1条西20丁目にあった旧小熊邸(当時は北海道銀行円山クラブ)を取り壊すという計画が、東田さんたちの耳に入ってきた。
 この建物は、1927(昭和2)年、北海道帝国大学農学部(現在の北海道大学)の小熊桿教授の自宅として建てられた。設計は北海道の先駆的な建築家のひとり、田上義也(たのうえ・よしや/1899〜1991年)である。田上はアメリカの著名な建築家・フランク・ロイド・ライトに師事し、1920年代にはライト風モチーフの作品を数多く設計している。旧小熊邸もライトの影響を強く感じさせる住宅で、田上の初期の代表作。大胆な屋根や窓の作りがモダンで、いちど目にすると忘れられない印象的な建物だ。
 動物学を専門とし、美術にも造詣の深かった小熊博士が1948年まで住み、1951年から北海道銀行が所有。頭取宅や道銀円山クラブなどとして使用していたが、最近は全く使われず、老朽化がはげしいことや、跡地を駐車場にする計画などのため、取り壊しが検討されていた。

旧小熊邸倶楽部代表、東田秀美さん

 そこで、建築家やまちづくりの専門家のほか、歴史的な建物に興味を持っていた東田さんの知人たち十数名が集まり、有志の市民団体として行動を起こした。
 「歴史的にも文化的にも高い価値のある建物を、それに札幌市民が長い間親しんできた、なつかしい思い出のある建物を、どうにかして残したい」
 保存のための要望書を持って、直接北海道銀行を訪ねた。ただし、一方的に「残してほしい」と要求するのではない。「保存運動VS.取り壊し」という敵対関係になるのではなく、「互いにできることを見つけて協力し合おう」という姿勢を最初から示した。
 古い建物を所有していくには莫大な維持費がかかる。経済的な負担を所有者だけが負うのでは大変だし、それでは古い建物は残せない。歴史の古い京都などと違い、北海道の建物は行政的な補助対象にもなりにくかった。そこで、「経済的な面も含めて、どう保存し活用していくのか一緒に考えたい」と提案したのだ。
 しかし、その時はまだ具体的な方法は見えていなかった。東田さんはとりあえず、所有者である北海道銀行の担当者にこう持ちかけた。
 「あと2年、待ってください。その間に必ずどうにかしますから」
 ここから、旧小熊邸の復活劇がはじまった。

 

※田上義也については「北海道を知る100冊」の『田上義也と札幌モダン』のページもご参照ください。
http://www.hokkaido-jin.jp/issue/books/092.html

 

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