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北海道人インタビュー 連載5 函館から紡ぎだされる今を生きる時代小説 作家 宇江佐真理さん 宇江佐真理,プロフィール

 舞台は江戸。その市井に生きる男と女のものがたりが描かれていく。
 あるときは同心に仕える髪結いの密偵であり、あるときは長屋住まいの松前藩浪人であったりする。その一人ひとりが、江戸の空気を漂わせながら、時代小説の活字のなかから立ち上がってくる。
 著者は、函館在住の時代小説作家、宇江佐真理さんである。

 直木賞候補作家であり、女性の時代小説作家の中核的存在として数多くの愛読者をもつ彼女は、生まれも育ちも函館である。一度たりとも東京には住んだことがない。その彼女が、江戸の風情を描く。
 そのことに好奇心をいだいた。
 どうやって彼女は、見知らぬ江戸の文化の光景を、自らの作品にできたのだろう。

宇江佐真理,プロフィール
1949年、函館生まれ。函館大谷女子短期大学卒業。1995年に「幻の声」でオール讀物新人賞を受賞。その後2000年に『深川恋物語』で吉川英治文学新人賞、2001年に『余寒の雪』で中山義秀文学賞を受賞。近著に『憂き世店松前藩士物語』『君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話』『蝦夷捨遺 たば風』などがある。「髪結い伊三次」は、江戸の下町を舞台にした大好評の人情時代シリーズ。

取材・文/編集部 写真/及川雅夫




時代考証もなしにいきなり書き始めた時代小説


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 宇江佐さんが、文章を活字にすることの喜びを知ったのは、中学生のときの文集がきっかけだった。高校では夏休みに書きためた恋愛小説を受験雑誌に投稿し、佳作となった。同じ号で佳作になったのが、後に小説家として何度も芥川賞候補となり、41歳で自死した佐藤泰志である。全国誌の同じ号に函館の二人の少年少女が佳作として名を連ね、やがて二人は芥川賞と直木賞の候補者となる。運命の不思議だろうか。

 誰にでもものを書くことへの原点となるような体験がある。しかし、書き続け、作家になる人間はきわめて希だろう。
 宇江佐さんは、その書き続けた一人となった。
 短大を卒業し、会社勤めをしながら書いた。29歳で現在のご主人と結婚したとき、「これで小説を書く時間ができる」とうれしかった。ご主人に「『私、もの書くから』というと『ふーん』って。金もかかんないし、いい趣味だろう、って感じでした」。まさか本当の作家になるとは思っていなかっただろうと、宇江佐さんは笑う。
 しかし宇江佐さんにとっても、その「書く」ということが、趣味ではなく、本格的な職業作家をめざすことを意味したのは、次男を出産した33、4歳のころだった。執筆は台所に置いた机。それは今も変わらず、まさにキッチンから生まれた作家なのである。
 「家事をしながら、昼間のあいている時間は、全部執筆のための時間にあてていました。子どもに絵本を読み聞かせる時間があるんだったら、自分が読む!(笑)。だから子どもたちは全然本が好きじゃなくなってしまった。小さいころは、遊んでほしくて『お母さん、宿題やめて!』って(笑)」。

 そうやって書き続けているうちに、『オール讀物』新人賞の1次・2次予選に通るようになってきた。書くものは主に恋愛ものだったが、途中で時代小説に転向した。それが宇江佐さんのツボにはまったのだろう。時代考証もなしにいきなり書き始めた時代ものが、奇妙に気持ちにフィットした。
 天啓というのはこのようなものなのかもしれない。3年後、宇江佐さんは、みごと平成7年度、第75回『オール讀物』新人賞にかがやく。受賞作は「幻の声」。いまに書き継がれる代表作、「髪結い伊三次捕物余話」シリーズの第一作である。
 時代小説という舞台を手に入れた宇江佐さんは、その後、平成12年『深川恋物語』で吉川英治文学新人賞、13年には『余寒の雪』で中山義秀文学賞を受賞するなど、小説家の階段をかけのぼっていった。



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