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イメージ 北海道新移民ものがたり
アーティスト,北海道,メッセージ
鑑賞するのではなく、みんなが参加して楽しむアート。そんな新しい芸術のあり方をともに探るパートナー、それを実践してみたい土壌をここで見つけました。
アーティスト,北海道,磯崎道佳

 1968年、水戸市生まれ。1996年多摩美術大学大学院美術研究科修了。鑑賞するだけの芸術ではなく、観る側も参加し交流できるアートをテーマに全国で創作活動やワークショップを行う。2001年9月から1年間、P.S.1/MoMAのインターナショナル・スタジオ・プログラムに招かれニューヨークに滞在。帰国後の2002年、岩内郡共和町にアトリエを構える。

  ――磯崎さんと北海道との出合いは、アーティストとして来道されたのが最初ですか。


アーティスト,北海道,磯崎道佳  友人が蘭越にいたので、大学卒業後から半年に1 度くらいは北海道へ遊びに来ていました。また道内の美術関係者とも交流があったので、北海道は近い存在だったんですよ。最初にこちらで個展を開いたのは1996年。札幌のギャラリーで古着の子ども服を重ね着してゆくパフォーマンス(FUKU-MAN)を披露しました。そこのオーナーがとても良いかたで、ますます北海道が好きになりましたね。

 それから知人と北海道を車で旅したんですが、旅の途中「ここに住むことになるのでは…」という予感めいたものを感じたんです。
 夕張の炭鉱跡や松前の福島町など、過疎化の進む現状を目の前にして日本の近代化の歪みを見た思いがしました。でもそれ以上に印象的だったのは、人の痕跡をも消してゆく自然の大きさです。小学校の跡地を草木が埋め尽くし、もとの自然に還ってゆく。当時住んでいた東京では自然を飼いならし人間が優位に立っていますが、北海道ではまだ自然が圧倒的な力をもっている。そのことがとても新鮮で魅力的でした。

  ――そんな「北海道に住みたい」という磯崎さんの意思を決定づけた、ある出来事があったとお聞きしたのですが。


 結婚ですね(笑)。妻とは2000年に行われた地域とアーティストとの交流を図る、『札幌アーティスト・イン・レジデンス』というプロジェクトで出会いました。彼女は共和町にある美術館の学芸員をしているんですが、当時は美術館がオープンしてまもない頃でさまざまな相談を受けているうちに親しくなったんです。
 また管内の美術館をネットワークで結ぶ『しりべしミュージアムロード』構想に彼女は携わっているんですが、僕もアーティストとしてノウハウを提供したいと考えた。さらに道内で幾つかワークショップを行ううちに、地元を拠点に活動をしようとしている若手作家を支援したいとも思いました。
 もちろんもっと北海道と係わってゆきたいと願ったのは、彼女がいたからこそ。その存在は確かに大きかったですね。2001年の9月に入籍後、海外美術館のプログラムに呼ばれ、ニューヨークに1年間いましたので、こちらで暮らし始めたのは昨年9月からです。

  ――ところで磯崎さんの創作活動はとてもユニークですが、アートを通して伝えたいメッセージやその方向性を教えてください。


アーティスト,北海道,磯崎道佳  大学院では彫刻を専攻しましたが、今も立体を造っていることでその意識は変わっていません。けれども公園や公共施設に置かれる彫刻、パブリック・アートはその意味が問われる時代になってきています。
 つまり一方的に鑑賞する、される関係だけではアートは社会で成り立たない。地域住民が作品と交流する機会がなければ、誰のためのアートか意味がなくなってしまうということです。僕が究めていきたいのは、コミュニケーション・ツール(道具)としての芸術の力。みんなでワクワク楽しみながら創造しよう、という動きに自分の活動が移行しています。完成した作品よりも、むしろその制作過程でいかにコミュニケーションが交わされたかが大切なんです。

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