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イメージ 北海道新移民ものがたり
岩見沢,北海道,メッセージ
この土地で、この仕事を成功させて、岩見沢の名を全国に広めたいと思います。
岩見沢,北海道,刈田貴久
1970年東京都新宿区生まれ。2歳から中学までを千葉で過ごし高校から再び東京へ。日大に進みバレーボール部で活躍、高校のバレーボール部コーチなども始める。卒業後はアメリカで病理学を学びながらスポーツコンデショニングトレーナーの活動を行う。1996年に父・毅さんが経営していたバイオ製品開発会社に入社、98年に社長就任。その技術を活かし2000年に「ネイチャーテクノロジー株式会社」を岩見沢に設立。ハーブを使った「健康香料」を開発し製造・販売している。
  ――なぜ東京から岩見沢にいらっしゃったのですか。

 知人から北海道の企業誘致を紹介されたのがきっかけでした。ちょうど新事業の展開を考えていた時期だったんですが、企業誘致というと、大企業の工場などをイメージしますよね。最初は、わたしの会社のようなバイオベンチャーは論外と思っていたんです。でも北海道東京事務所の方がぜひやってみませんかと。それでいくつかの候補地を検討していったんです。

 岩見沢は、わたしが求める要素を全部満たしてくれる土地でした。要素は4つありました。まず、仕事を広げる様々な可能性があること。交通のアクセスがよいこと。それから、岩見沢は公的施設すべてに光ファイバーがひかれていますが、こうした情報インフラが整備されていること。そして自分たちが暮らしやすい、生活環境がよいことです。


  ――それまで岩見沢とのつながりは全くなかったのですか。

岩見沢,北海道,刈田貴久 はい。実は、場所も定かではありませんでした(笑)。東京の人間はほとんどがそうじゃないかな。ただ祖父が札幌の出身だったので、つながりがない訳ではありません。わたしは東京生まれですが、源は北海道のような気がしています。気持ちの中では、オリジンの土地で仕事をするという思いが強いですね。


  ――実際に住んでみて、北海道の魅力はどう感じますか。

 人が大らかで、積極的だと思います。オープンで親しみやすく、こちらに馴染むのにも時間がかかりませんでした。東京に比べると非常にそう感じます。
 たとえば、岩見沢でこんな事業を始めますと新聞に出ると、市内の農家の方が直接「わたしの畑でハーブを作らせて欲しい」と申し込んでくれたり、「興味があるので協力したい」と言ってくださったりする。最初は毎日のように初対面の方が事務所を訪ねてくださいました。東京ではあまり考えられないことですね。それがいい意味でオープンで非常にうれしかったし、励みになりました。現在取締役である北海道東海大学の西村教授にも、役員就任についてこころよく受け ていただき、研究開発の基盤ができました。

岩見沢,北海道,畑 そして、やっぱり自然が豊かです。四季のメリハリがあるのも魅力です。夏は夏の楽しさがあり、冬は全く違う楽しさがある。雪かきはたいへんですがもう慣れました。また雪が多いと土壌が豊かになりますから、ハーブの育成には最高です。農業、バイオ、観光など広い分野で可能性のある土地だと思います。


  ――ご家族4人で引越してこられて、とまどいはありませんでしたか。

 最初の半年は東京、札幌、岩見沢を行き来しながらで、なかなか大変でしたね。その後、岩見沢市のNPOの支援により、市内にアパートを借りて家族とともに引越したんです。
 妻の実家は神奈川なので、北海道は全く知らない土地です。説得するのに、丸1年かかりましたよ(笑)。娘は今年で3歳と5歳、なかなか神奈川の実家に連れていけないのが残念ではあります。
 このごろは家族もすっかり岩見沢の暮らしに慣れました。温泉が近くにあったり、すぐに郊外に遊びに出かけられるのはいいですよね。当たり前のことですが、東京で憧れていた「北海道旅行」が、安くてすぐ行けるのがとてもうれしい。これは仕事で出かけたのですが、浦河の壮大な牧場でサラブレッドが駈けている風景に感動しました。


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