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フィリピン,大学,北海道 北海道新移民ものがたり
フィリピンから札幌へ 夢はベンチャービジネス
 
フィリピンから移住したレイニアさん 1972年フィリピン生まれ。1995年より北海道大学大学院理学研究科に入学し、超伝導の研究にとりくむ。2002年3月に博士課程修了予定、卒業後は札幌の企業に就職が決まっている。フィリピンのテコンドー連盟師範の資格を持ち、今も札幌の道場で指導をするほか、北海道に来てからスキー、スノーボード、スケート、スノーモービルなどに次々と挑戦するスポーツマン。日本語は5年間の北海道暮らしで完全にマスター。札幌で好きな食べ物はたくさんあるけれど、あえていうなら「飲み会のあとのラーメン」。
インタビュアー・太田明子
1993年に大阪府から札幌市へ移住。1994年4月より北海道への移住者をサポートするNPO法人「私設北海道開拓使の会」事務局長。2000年6月より「札幌 BizCafe」(サッポロビスカフェ)事務局長。
  ――まず、フィリピンのお話を聞かせてください。

 僕が生まれたのは、マニラから南へ100キロくらいの「クエンカ」という小さなまちです。真ん中に国道があって、北海道でいうと美唄みたいな感じでしょうか。森林が茂っていて、自然が豊かなところです。子どもの頃は木登りをしたり、川で泳いだりして遊びました。
 それから、父がマニラでパン屋さんをはじめたのでマニラへ引越しました。6歳になってまたクエンカに戻り、ハイスクールまで学校に通い、大学生になるときに再びマニラに引越しました。というのも、クエンカのほうにはあまり大学がないので、みんなマニラに集まってくるのです。札幌や東京と同じですね。
 僕は8人兄弟の末っ子で、一番上の姉とは18歳も年がちがいます。兄弟はほとんどカナダやアメリカに行っていて、親もカナダにいます。だから今フィリピンに行っても、「帰ってきた」という気持ちはあまりないですね。


  ――北海道に来たきっかけは何ですか。

 実は、よくわからないのです(笑)。僕は日本の国費留学でこちらへ来たのですが、文部省に申し込みをしたときに、留学先が北海道大学に決まったのです。ふつうは日本に知っている教授がいたり、知り合いを通じて来ることが多いんですが、僕は誰もいなかったので、決まったとおりに来ました。
 ただ、小さいころから「フィリピンを出て、世界で自分の力をぶつけてみたい」とはずっと思っていたんです。


  ――それまで、北海道への興味はありましたか。

 いいえ、どんな場所か全く知りませんでした。だから留学が決まってからインターネットでいろいろ調べましたよ。人口や産業や気候なども。フィリピンは暑い国ですから、僕は一度も雪を見たことがなくて、雪をとても楽しみにしてやって来ました。


  ――実際に雪のある生活はどうですか。寒さはつらくないですか。

レイニアさん 1995年の10月に北海道に来て、最初の冬がよりによって北海道でも何十年ぶりという大雪でした。急いで冬用の靴や防寒着をフリーマーケットに買いに行ったのを覚えています。その時に、これから大丈夫かなと少し心配になりました。でも最初だけです。せっかく来たからには楽しもうと思って、スキーもスノーボードもはじめました。最初はリフトにも乗れなかったのですが、今はもう大丈夫。真駒内アイスアリーナが近所なのでスケートもします。毎年冬が楽しみですよ。


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