HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第32回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第32回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■164『不満が、いつしか尊敬に』

大澤洋子さん(58)=主婦、釧路市(旧阿寒町)出身、釧路市在住

 ―ウグイス嬢の経験があるそうで。
 私が生まれた時、父はすでに町議で、物心がつくかつかないうちに「清き一票をお願いします」とか「ご清聴ありがとうございました」と言っていたらしいんです。成人してからは、選挙のたびに選挙カーに乗って、叫んでいました(笑)。
 ―お父さん子だったのですか。
 自分ではそうは思いませんが、要素はあったかもしれません。子どものころ、姉や兄もいるのに、父がいつも私に用を言いつけるのが不満だったし、どこに行っても私個人としてではなく、父の娘として見られることが苦痛でした。でも、選挙を手伝うようになって考えが変わりました。
 ―何があったのでしょう。
 いろんな場面で、父の器の大きさを感じたんです。遊説から戻って、夜遅くお風呂に入っていた父に、「背中、流そうか」と声を掛けたら、「お前も疲れているだろうから早く休みなさい」と答え、こういう思いやりがあるからこそ、人に慕われるのだと思いました。私が小学校のころ毎日通った隧道(トンネル)は、父が地域の青年を率いて手掘りで造ったものでした。大変な苦労だったと思います。今は、その跡地に記念碑が建っています。

道産ヨネ

■165『影響力は思っていたより強いかも』

酒井舞さん(24)=アルバイト、札幌市出身、札幌市在住

 ―書店にお勤めだそうで。
 お料理や手芸、スポーツなどの実用書や地図の棚の管理が主な仕事です。絵本と、そこに出てくるお料理に関連した本とをコーディネートした企画が想像以上に好評で、お料理が出てくる絵本が特に好きな私としては、とてもうれしいです。私が幼稚園のころ大好きだった『ぐりとぐら』シリーズは、今も人気があるんですよ。
 ―ご自身は、最近どんな本を?
 日本の作家さんのが多いです。父も本好きで、私が買って読もうと思っていた本を父の書棚で発見することがあります。すごく得した気分です(笑)。
 ―そのほかに、お父さんの影響を感じることは。
 どうでしょう……。父はカメラマンで、街中に事務所とスタジオがあったときは、よく遊びに行ってました。珍しい物がいっぱいあって面白かったんです。七五三とか入学の記念写真とかは、いつもそこで撮ってくれました。高専でデザインを勉強し、卒業後、カメラマンのアシスタントをしたことも。改めて考えると、父の事務所というよりも、父がやっていることに引かれ今に至っているのかもしれません。

道産ヨネ

■166『おやじは唯一尊敬できる人』

杉本康夫さん(48)=ログビルダー、滋賀県甲賀市出身、札幌市在住

 ―ログハウス建築会社(ノースランド・ログホームズ)の代表をなさっていますね。
 ログハウスは木の家だから究極の健康住宅。北海道はシロアリもいないし、長持ちしますよ。全道各地に建てているけど、今はニセコでの仕事が多いね。
 ―お父さんの仕事というのは。
 郵便局員で、そのかたわら田んぼを作っていました。といっても自分の家で食べる分をね。特にとりえもないおやじだったけど、僕が唯一尊敬できる人。子育てがうまかったんだと思う。特別なことをやっていないけど、兄弟3人とも健康に育った。何が大事なのかを知っていたんじゃないかな。
 ―退職後はどのように?
 趣味があるのは健康な人の話。おやじは病気をしたからね。毎日の健康管理が仕事、食事をつくるのが仕事、ものを食べるのが仕事だね。両親は滋賀にいるでしょ。僕は親の人生より自分の人生を選んだ。でも親の老後を犠牲にするほど大事な仕事ってあるだろうか、親の面倒をみることの方が大事だったんじゃないかと……。今思えばね。

杉本真沙彌

■167『父のようになりたいと思いました』

MASHIROさん=カラーデザイナー、札幌市出身、札幌市在住

 ―MASHIROさんは、眞白(ましろ)さん。
 生まれる前からこの名前に決まっていました。父がじっと部屋に閉じこもって考えて考えてつけた名前だそうです。
 ―お父さんは眼科医、その姿はどのように映りましたか?
 父は開業医でいつも忙しくしていました。一回だけ家族旅行を計画していたのですが、出かける1時間前に、飛んできた花火が目に入った患者さんがいるという連絡が入ったんです。旅行は全部キャンセルになりました。子どもだから、残念だという気持ちもありましたが、そういう父を尊敬しました。人のために何かをする、自分もそうなりたいと思いました。
 ―お父さんは厳しかったそうですが。
 高校生くらいになると、男の子から電話がかかってきたりしますよね。そうすると鬼のようになって怒ったり。病院は札幌の中心部にあったんですが、学校が昼で終わる土曜日には、昼休みに看護師さんを街なかに派遣して「娘がどこかにいたらすぐに知らせろ」とか。地下鉄で気がついたら父が横にいたこともありました(笑)。心配していたのだと思います。

杉本真沙彌

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