HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第28回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第28回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■149『受け継いだのは車好きと根性』

森本哲哉さん(53)=会社役員、根室市出身、札幌市在住

 ―グアムで毎年開催されているオフロードレースに5回出場したそうで。
 僕がエントリーしてるのはパイプフレームで作っている車サイズのバギーのレース。時にはジャンプしながらデコボコ道を走るんです。日本国内で戦績を挙げ選ばれて出場していますが、世界のレベルはぐんと高いから、一段と闘志がわきます。ビッグレースに挑むことで腕が磨かれるし、人のつながりが広がっていくところにも魅力を感じますね。
 ―自動車整備会社を経営しレースにも出場。車がホントに好きなんですね。
 運転も車いじりも好きですね。自動車整備工場の息子ですから(笑)。
 ―お父さんの後を継いだのですか。
 根室から札幌に出て働き、自分で会社を始めました。父は仕事一本の経営者だったけれど、僕は仕事を一生懸命やって、趣味でリフレッシュするタイプ。性格もライフスタイルもまったく違うけど、根性を受け継いでいるし、「人に対する優しさを忘れるな」という父の言葉もしっかり守ってます。晩年、温泉旅行に誘ったら泣いて喜んでくれ、僕も目頭が熱くなりました。

(道産ヨネ)

■150『幼いころに戦死。面影もわからない』

ヨウコさん(65)=主婦、北見市(旧留辺蕊町)出身、小樽市在住

 ―お父さんはヨウコさんが幼いころ戦死なさった。
 私が3歳のときに戦死の通達が届いたそうです。母に言わせれば、箱には髪の毛と爪が入っていたけれど本物かわからないと。父の出征は私が2歳のときですから、全然記憶がありません。兄や姉ははっきりと覚えていますが、私は面影すらわからない。小学校2年生位までは、伯父たちが家に来ると「お父さんが帰ってきた」と思っていました。
 ―お父さんの死について考えはじめたのはいつ頃ですか?
 小学校5年生位です。クラスに何人か戦争で父親をなくした子がいてお互いに支えあっていました。兄や姉の話では、父は強くてやさしい。そんなにいいお父さんだったらどんなに私の力になってくれるだろうと思いました。
 ―お姉さんの夢にお父さんが?
 私の夫が亡くなったとき、姉の夢に出てきたそうなんです。父は「ヨウコの家で大変なことが起きている。行きたいんだけどヨウコの家がわからない」と。父はどこかで私のことを見ていて心配してくれているんだと思いました。今思い出しても涙が出ます。

(杉本真沙彌)

■151『ドキッとする深い言葉をさりげなく』

澤井歌子さん(57)=インテリアコーディネーター、札幌市出身、札幌市在住

 ―大正時代から札幌・狸小路で営業していた老舗旅館にお生まれだそうで。
 住まいと一緒でしたから、いろんな人の人生を肌で感じて育ちました。ませた子でしたね。父は多才な人で、その影響も大きかったと思います。
 ―お父さんは、どんな趣味をお持ちだったのですか。
 読書家で音楽好き。部屋にはレコードを山のように積んでましたし、毎年外車を買い替え、腕時計に凝り、暗室まで作って写真を撮りまくってました。「好きなことができて幸せですね」とよく言われてましたけど、私はそうは思いません。父は学校の先生になりたかったんです。でも家業を継がざるを得なかった。だから自分が夢中になれるものを探していた。そこに寂しさを感じます。
 ―お父さんのことを、よく見ていたのですね。
大好きでしたから(笑)。長年、住宅や店舗づくりにかかわり、「仕上げにいい音、いい香り、いい空気を」とお話ししていますが、ここに行き着いたのも父のお陰だと思います。「いい音楽を聴いて、ああいいな。道端の花を見て、ああきれいだなと思う心が一番大事」と、さりげなく教えてくれたのも父でした。

(道産ヨネ)

■152『ゆっくりでいいから』

福山楡青さん(27)=フォトグラファー、札幌市出身、札幌市在住

 ―お父さんは現在、北海道大学で教鞭をとっているそうですね。台湾のご出身だそうですがなぜ日本に?
 父と母は留学先のイギリスで知り合いました。イギリスの大学を出たあと、母の実家がある広島に、その後、父の研究のために札幌にやってきました。父は台湾、イギリス、広島、札幌の4ヵ所で、合わせると20年間も大学で学生をしていたんです。父方の祖父が長崎の大学に留学したことがあったり、父の兄が大阪にいたり、親戚がアメリカにいたり。そんな環境なので一大決心をして台湾から日本に来たわけではないと思います。
 ―お父さんとの思い出は?
 小さい頃に、北大や雪祭りに連れて行ってもらった記憶があります。遊園地だとかおもちゃを買いにいくとかはないですね。何を思ったのか一回だけ「おもちゃを買いに行くぞ」と言われたことがあり、ロボットを買ってもらいました。
 ―仕事については何かおっしゃいますか?
 父は「やりたいようにやればいい。ゆっくりでいいから」と。本人も研究や学生生活にすごく時間をかけたからだと思います。 

(杉本真沙彌)

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