HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第8回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第8回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■064『会社を興した父を母が陰で支えていました』

並木亜妃さん(38)=タレント、札幌市出身、東京都三鷹市在住

 ―いつから東京にお住まいなんですか。
 先月からです。主人は14年間サラリーマンだったんですが、会社を辞めて札幌でミュージシャンをしていました。“自分が作りたい音楽”をどんどんカタチにしていったら東京から声がかかって。いい時期だと思ったので上京しました。自然な感じの流れですね。
 ―夫がサラリーマンからミュージシャンに。妻として不安はないですか。
 思いっきり不安定ですよね(笑)。でも彼が“音楽をやりたい”ということについては何年もかけて夫婦で話し合いました。主人は会社でもきちんと結果を出し、その会社員生活を通して世の中の流れが見えた上での音楽活動なので。あとは腕次第。どうなるかな〜と。
 ―“どうなるかな〜”とゲタを預けられるのがスゴいですね。
 父が会社を興し、カタチになるまでは母が大変な努力をしたのを見て育ちました。こんなことも、あんなこともあって……。それを母はバッタバッタと対処して気丈でしたね。今でもふたりで頑張っています。うちの両親、すごく仲がいいんです。「ママは昔キレイだったんだよ」「パパも格好よかったわよね〜」なんてお互いに言い合ってます(笑)。

(楢戸ひかる)

■065『僕らの仕事は五感を磨かないとならない』

宇野孝さん(42)=美容家、帯広市出身、札幌市在住

 ―ご自身が持っているサロン(美容室)で、ときどきクラブパーティが行われるとか。
 クラブミュージックのジャンルのひとつ、「ドラムンベース」にヤラれちゃったんです。もともと美容家をしつつ夜はクラブでDJをしていたんですが、この音をどうしても札幌に広めたくて。今はDJをするより、広めるためのイベントを企画する方が多いかな。
 ―イベントの企画もお仕事なんですか。
 のめりこんでいる趣味ですね(笑)。僕らの仕事は五感を磨かないとならない。だから、いいものを見たり、聞いたり、触れたり、感じたり…ということが大切だと思うんです。そのツールのひとつが音楽というだけで、それ以外にもたとえば先日は田中泯さんのパフォーマンスをオーガナイズしたりもしていますよ、店ぐるみでね。スタッフには「技術は教えられるけど、感性、感覚は教えづらい。自分で得ていくしかない」と言っています。
 ―何だかアツい生き方ですね。
 自分のやりたいことは、採算とか考えず徹底してやっています。父は蒸気機関車に乗りたくてJRに勤めていました。ストイックな性格で最終的に蒸気機関車の運転手になるんですが、“やりたいものは、やりたいんだ!”というところが僕と似ている気がします。

(楢戸ひかる)

■066『修学旅行の一番の思い出は、父からの手紙』

伊藤裕見子さん(52)=主婦、札幌市出身、札幌市在住

 ―お父さんは自衛官だったそうですね。
 背が高くて顔立ちも整っていたので、制服着たら、めちゃめちゃカッコよかったです。気骨があって本当に優しい人だったから、毎日のように、いろんな人が家に来てました。お正月なんか入れ代わり立ち代わり何十人も来て、母も私も妹も朝から晩までおさんどんして、お酒をついで回ってました。
 ―家族そろって、もてなし上手だったわけですね。
 人が集まってワイワイ騒ぐのが好き! そういう血筋なんでしょうね(笑)。でも、子どものころの私は神経質で体が弱く、よく寝込んでたんです。
 ―お父さんもお母さんも、心配なさったのでは。
 そうですね。中学に入ったころから徐々に寝込まなくなり、ひと安心したと思います。高校の修学旅行で京都の旅館に着いたら、私宛に父から手紙が届いていて、娘が長旅できるまでになった喜びみたいなことが書いてあったんです。担任の先生宛にも手紙が届いていて、父の愛情の深さに胸が熱くなりました。

(道産ヨネ)

■067『もっと直接人の役に立ちたい』

久保田京さん(30)=法科大学院生、横浜市出身、札幌市在住

 ―今はどんなお勉強をされているんですか。
 将来は弁護士になりたくて、北大のロースクールで法律の勉強をしています。
 ―昔から弁護士志望なんですか。
 大学は一橋大で社会学部でした。卒業後は、ジェンダーやフェミニズムの研究者になりたくて都立大(現・首都大学東京)でドクター2年まで過ごしました。DV(ドメスティック・バイオレンス)の研究もしていたので、弁護士の先生と知り合いになることも多くて。そんな環境の中「研究もいいけれど、直接人を助ける仕事もやってみたいな」と思うようになりました。
 ―ロースクールでの勉強はいかがでしたか。
 大変です(笑)。授業は朝の8時45分から始まって、午後2時半頃まで。その後、自習室の自分に割り当てられた机で午後9時、10時まで勉強するという毎日です。でも法律の勉強は性に合っていたようで、「やっていけるかも…」という手ごたえは感じています。
 ―研究者から弁護士志望へ。ご両親はどんなご意見ですか。
 父は「医者、弁護士、研究者はすごい」とよく言っていたので、権威が好きなんでしょうね(笑)。だから私の転身については、自由に任せてくれているという感じです。

(楢戸ひかる)

■068『 父ちゃんと、バッタ。をするのが楽しい』

縄手晴天さん(5)=保育園児、札幌市出身、札幌市在住

 ―父ちゃんのどんなところが好き。
 絵本を読んでくれるところ。たまーにね、母ちゃんが具合悪い時、ご飯も作ってくれる。ケチャップの赤い肉とか、スパゲティとか。
 ―父ちゃんと何をするのが楽しい。
 バッタ。おうちで育てているの。キャンプ場で父ちゃんとふたりでとった。あみでビュンってとった。でも、もう死んだ。あ、逃がしたんだわ。カエルもいたけど、いちばん小さいやつは死んだ。小さいやつが死んだ時に、ほかのカエルも全部逃がした。
 ―せっかく捕まえたのに、逃がしちゃったんだ。
 だってさ、おうちで育てた方が早く死んじゃうんだって。母ちゃんが言っていた。
 ―どこに逃がしたの。
 バッタはベランダに逃がした。カエルは父ちゃんが、あじと(父の勤務先)に行くところの公園に逃がした。そこは木がいっぱいだから。バッタとか虫とか捕まえられるからさ、そこに逃がしてあげたんだ。

(楢戸ひかる)

■069『ああ、キレイだな。そのひと言が聞きたくて』

鶴間寿さん(54)=団体職員、後志管内留寿都村出身、札幌市在住

 ―お父さんも団体職員だったそうで。
 ええ。職場は違いましたが、道庁界隈でよくすれ違いました。ときたまススキノでも会ったりして。それぞれ連れがあるから「おう」と声をかけるぐらいで、すぐ別れてしまったけど、今になってみれば、おやじが現役のときに一緒に飲んでみたかったなぁ。まあ、たいして話すこともないんですがね。
 ―話さなくても相通ずるものがあるのでしょうね。
 おやじには脳梗塞の後遺症があって、このところ朝の着替えなんか僕が手伝ってるけど、以心伝心と言えるかどうか(苦笑)。暮らしに変化をと、車いすのまま乗れる車を買ってレストランや花見に連れ出しても、おやじの反応はいま一つ。「桜、キレイだなぁ」と水を向けても、「うん」でおしまい(苦笑)。
 ―介護は大変でしょうが、介護を通じて得たものも多いのでは。
 バリアフリーとか福祉サービスとか、世の中を見る目が変わったし、人間の尊厳についても考えるようになりました。何より、おやじが介助を必要としなければ、高齢の父と中年の息子のスキンシップなんてなかったと思います。

(道産ヨネ)

■070『世の中捨てたもんじゃない』

藤田シロさん(7)=飼い犬、北斗市出身、北斗市在住

 ―シロとはずいぶん見たまんまの名前だね。
 わかりやすいだろう。ま、もとは違う名だったんだが、それは別にどうでもいいことだ。
 ―改名したということかね。
 どうでもいいと言ったのに。…つまり、もとの飼い主に捨てられたのさ。野犬として処理される寸前、今の主人の藤田俊二さん(74)が拾ってくれたわけだ。藤田さんはいろんな問題を抱えた子供たちの世話をしてる人でね、もうそういったボランティアを手がけて何十年にもなるっていうことだ。その上おれの面倒までみてくれてるんだから、まったく頭が下がるよ。
 ―実は「お父さん」のことを訊くのが趣旨なんだが。
 悪いけど、父も母も知らない。藤田さん夫妻が両親ってことでいいじゃないか。おれも一時は人生ほとんど諦めてたんだが、ここにきて世の中捨てたもんじゃないって思いを強くしているよ。あ、犬の一生は「人生」とは言わないか。

(小笠原 淳)

■071『妊娠しているけど、離婚しました。迷いは全くなかった』

あさみさん(34)=事務員、札幌市出身、札幌市在住

 ―近々ご出産だそうですが。
 予定日は6月末です。ただ、先月離婚したんですよね。
 ―妊娠をしているのに離婚。なかなか勇気ある決断ですね。
 元ダンナには「実は妊娠しているんだけど、別れたい」と伝えました。彼には「ひとりで3人の子を育てるのは無理だろう。もう一度やり直そう」と言われましたが。
 ―決意は揺らがなかった。
 妊娠がわかったからって、やり直そうという気持ちは一切ありませんでした。“もう一人増えるから、がんばらなきゃ!”とかえって励みになりました。お金は何とかなると思うんです。
 ―ご実家の家族は、どんなご意見ですか。
 “自分で考えてそう決めたんなら、仕方ないっしょ”と。離婚を機に実家の近所に引っ越したんですが、父や母、姉が近くにいるのは心強いですね。今は私も在宅勤務で比較的のんびりしているので、仕事を引退して家にいる父とチラシを見ては安売りに出かけています(笑)。上がふたりとも娘なので、父は密かにお腹の子は男の子を期待しているみたい。

(楢戸ひかる)

■072『“人に何かを伝える仕事をせよ”という父の遺志を継いで』

花田裕子さん(49)=LLPスノーマンズライフ代表、札幌市出身、札幌市在住

 ―LLPスノーマンズライフとは、どんな活動をされている団体なのですか。
 「北海道を元気にしたい」という人が集まってさまざまな活動をしています。最近では雪まつりの時に札幌ドーム周辺や福住にウェルカムキャンドルを灯したり、中心部の雪道整備(道路整備、砂まき、砂箱周辺の除雪)をしたり…。他にも北海道のアーティストの支援やスノーマンズグッズの販売もしています(公式HP http://www.snowman.tv/)。
  ―なぜそんな活動をされているのですか。
 私はもともと北海道の人間ですが、東京の国立市で20年ほど過ごし、父の死をきっかけに4年前にこちらに戻ってきました。父は死ぬ前に「人に何かを伝える仕事をせよ」と、私に言ったんです。具体的なことは何も言わなかったので、“何を誰に伝えるのか”を模索する中でさまざまな人と出会い、その人たちの想いをカタチにしたのが今の活動です。
  ―お父様の遺言をずいぶん律儀に実行されているんですね。
 父のことは尊敬していたので、ひとり娘のせいか「父の遺志を継がなければ」という想いがあります。死の直前、私のことを誉めてくれたことのなかった父が「女としてがんばっているあなたが好きだった」と言ってくれました。だから、がんばっているのかもなぁ。

(楢戸ひかる)

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