HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第4回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第4回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■028『親分肌の面白い人でした』

伊藤千織さん(40)=プロダクトデザイナー、札幌市出身、札幌市在住

 ―お父さん(漆芸作家の故伊藤隆一氏)は、どんな人ですか。
 大家族の仕出屋の初孫で、6人きょうだいの長男だから、生まれついて無敵なわけです。家でも外でも親分肌で盛り上げ役。大学で塗装工芸を教えていたのですが、自宅にも頻繁に学生さんが来ていました。交際は多岐にわたり、何かあると自宅に人がどっと集まって、お酒が飲めないのに土曜日はいつも宴会。宴もたけなわというときに、いつも決まって姿を消し、寝間着に着替えて布団で寝ている。その間、母が接待。お開き近くに何食わぬ顏で服を着て出てきて、今度はお客さんを引き留めるなど、エピソードには事欠かない人です。
 ―デザインをはじめ北欧文化の紹介にも尽力されましたね。
 ええ。フィンランドなど外国からのお客さんも多かったのですが、父は外国語が全然だめで、勘のよさで国際交流が成り立っていたように思います(笑)。
 ―家庭内のエピソードは。
 スキーも海水浴もなし。本屋に集合し、ラーメンを食べ、映画を観て焼き鳥屋で語らうのが唯一の定番行事で、そのときはいつも上機嫌でした。

(道産ヨネ)

■029『戦いごっこ、お父さんには本気出さなくても勝てる』

宮原和也さん(5)=保育園児、札幌市出身、札幌市在住

―お父さん、どんなところが素敵?
ない。(しばらく考えてから)ゲームならカッコいいところある。四輪ドリフトとか早いやり方を知っているからスゴイ。
―お父さんに何かしてあげるの。
お風呂に一緒に入って、頭洗ってあげるの。お父さんは「いつもありがとう」って言う。あとね1コある。カズヤ、100万円持ってたんだ。でもお父さんに(お金を)あげたら13円になっちゃった。でもカズヤが欲しいおもちゃは9円だから大丈夫なの。
―何してお父さんと遊ぶのが好き。
戦いごっこ。お父さんは弱い。カズヤが追いかけていくと「キャー」って逃げるもの。堅也(弟)と戦いごっこをする時は、カズヤが本気出さないと勝てない。でもお父さんには本気出さなくても勝てる。

(楢戸ひかる)

■030『一緒に酒を飲みたかった』

浅野目輝頼さん(57)=札幌えんかん事務局長、三笠市出身、岩見沢市在住

―お父さんは、どんな人ですか。
普段は無口。酒が入ると陽気になりましたね。炭鉱夫だったから、落盤に遭うなどしてよく入院していて、本人も家族もケガは覚悟していたけれど、病気で46歳で死ぬとは思いもよりませんでした。私は高校1年生で、看取ったときのことが強烈に印象に残っています。父親の年齢を超えられるだろうかという不安が常にあったから、46歳を超えたときは感慨深かったです。
―お父さんと同年代になり、改めて思ったことは。
私と酒を飲みたかっただろうなと思います。父とそれがかなわなかったので、息子が成人して酒を酌み交わしたときは本当にうれしかったです。私、酒は成人するまで口にしなかったんです。でも、たばこは小学生のときから吸っていました。父はたばこが好きで、母が火をつけて一口吸ったのを受け取って、くわえたばこで出勤するんです。それがわが家の習わしで、三番方で夕方出勤するときは、母に代わって長男の私の仕事になっていたんです。

(道産ヨネ)

■032『家族に厳しく他人に優しい』

ブディ・ラハルジョさん(29)=会社員、インドネシア東ジャワ州パスルアン市出身、札幌市在住

 ―お父さんは、どんな人ですか。
 厳しいけれど優しい人。食べるときは音を立てない。食事中はおしゃべりをしない。年上の人を敬いなさいなど、特にマナーや礼儀に関して厳しかったです。それから、プライドを持ちなさいとも言われました。家族よりもお客さんや近所の人を優先し、いろいろな相談にのっていました。自分の子どもが相談したら「それぐらい自分で考えなさい」と言うのに(苦笑)。
 ―お父さんとの思い出は。
 バイクで山や川など、あっちこっち連れていってくれました。そんなとき、「男の子は、お母さんやきょうだいを守りなさい」といった話をしました。
 ―インドネシアと日本、離れて暮らして何か変化はありましたか。
 日本人の香織さんと結婚し娘が生まれ、親の気持ちがわかるし、なぜ、お父さんが厳しかったのかもわかってきました。最近は私が相談すると、話をよく聞いてくれて、いろいろなアドバイスをしてくれます。

(道産ヨネ)

■033『誇りを持って夢を追い、霞を食べている』

橋本登代子さん(?)=フリーアナウンサー、大分県国東(くにさき)市出身、札幌市在住

 ―お父さんは、あなたにどんなことを言いますか。
 「人間として情けないことはするな」「食べられなくても胸張って生きろ」というようなことを言って夢を追い続けている人ですね。400年以上続く農家の長男に生まれて家を継いだけれど、次々にアイデアが浮かび、事業に手を出しては借金を作り、家族が返済に必死になっているのに本人はのほほんとしてました。
 ―今も農作業に励んでいるのですか。
 85歳の体力に合わせ、家族が食べる分ぐらいのお米を作っています。近くに海があり山がある国東でのんびり暮らしているのが合っているのだと思います。
 ―お父さんの趣味は。
 勉強家で特に郷土史、歴史、家紋について詳しいです。ハイカラ好きでもありますね。戦時中、東京から疎開で国東に来ていた母の都会の匂いに魅せられ、「小夜子ちゃんじゃなきゃ、すかん(いやだ)」と言って、柿の木に登って降りてこなかったらしいです。誇り高く生きているはずなんですけどね。

(道産ヨネ)

■034『50過ぎて知った父の名』

吉田浩さん(59)=靴磨き、熊本県下益城郡美里町出身、札幌市在住

 ―お父さんのお話を伺いたいんですが。
 両親、物心ついた頃には死んでたんだよ。だから全然憶えてない。小さいころから親戚の間たらい回しでさ。どこの家も裕福じゃなかったから、サツマイモ混ぜた麦飯お代わりするのにも家の人の顔色うかがって茶碗出してた。小学校入学の年に施設に入って、それから中学卒業まではずっと施設。
 ―施設の子供たち同士で、親の話題になったりはしないんですか。
 なんかタブーみたいになってたね。片親ある子もいるんだけど、まあお互いに気遣ってたのか、親の話はしないような習慣ができてた。
 ―いつどこで亡くなったのか、何か手がかりは。
 福岡の田川で炭坑夫やってたらしいんだ。ただ死んだって聞かされてるだけで、写真も何もないのさ。こっちも興味ないし、とくに調べてなかった。それが、8年前にアパート移る時に戸籍謄本取り寄せたら、父親の名前が書いてあったんだ。その時、初めて名前知ったんだよ。忘れたら困るからケータイにメモしてる。…ほら、この「辰次」ってのが、そうらしい。

(小笠原 淳)

■035『幽霊でもいいから会いたい』

長谷川美佐子さん(39)=子供服販売、胆振管内洞爺湖町出身、札幌市在住

 ―お父さんはどんな方ですか?
 10年前に亡くなりましたが、季節の行事が好きな人でした。春は山菜取りや桜の花見、夏は海水浴、秋は栗拾いやキノコ採り、冬は白鳥を見に連れて行ってくれました。寿司屋を営んでいたので、「今日は出かけるぞ」という日は半日店を閉めてね。
 ―お料理人のお父さんは、家でも何か作ってくれたんですか。
 ハンバーグ、エビフライ……和食、洋食問わず何でも上手に作ってくれて。わざわざ鉄板を買ってきて、そこでステーキを焼いてテーブルマナーも教えてくれました。
 ―そんなお父さんのことをどう思っていましたか。
 当時はそれが当たり前だと思っていました。でも自分が子どもを産んでみて、ごく自然にそれだけのことをしていた父のことをスゴイなぁと思いました。息子達は6歳と5歳なので父に会わせられなかったのが心残り。自分の子どもを父に見せたいし、息子達にも会わせたい。本当に父に会いたいと今でも強く思います。幽霊でもいいから会いたいですね。

 

(楢戸ひかる)

■036『見た目からは想像もつかない』

井上倫太朗さん(20)=大学生、富良野市出身、札幌市在住

 ―お父さんは、どんなものが好きですか。
 人前でニコニコするタイプじゃないけど、実はかわいいものが好き。テレビばっかり見ていて努力家には見えないけど、きっちり結果を出す人です。
 ―“かわいいもの”って、どんなものですか。
 最近では話す人形。家と単身赴任先(留萌市)に1体ずつ置いていて、帰宅するときは連れてきます。母と「お父さん、寂しいんじゃないの」って話してるんですけど、この間は、なぜか置いてきたりして、その心境はよくわかりません。
 ―“きっちり結果を出す”って、どういうことですか。
 今年、技術士の国家試験に合格したんです。仕事が終わってから勉強していたのは知っていたけど、本腰を入れているようには見えなかったので、正直驚きました。かなりレベルの高い試験ですから。それから、数年前からランニングを始め、最近は10キロとかハーフマラソンの大会にも出ています。順位を気にせず最後まで走り抜く姿は、結構、感動的です。

(道産ヨネ)

このページの先頭へ