HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第1回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第1回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■001

斉藤奈緒美さん(30)=絵本店勤務、札幌市出身、札幌市在住

 ―結婚されてお父さんとは別々に住んでいるわけですが、今でも話をしますか?
 それほどしませんね。節目、節目だけ。でも先月、父が6メートルの建設現場から落ちた時はさすがにしました。連絡を受けた時、とっさに「父なら大丈夫だろう」と思ったけど、さすがに年だから。幸い傷は打撲程度でしたが。
 ―実家で一緒に生活している時、どんなお父さんでしたか?
 土木業の親方だから強面系で「ヤクザが怖くてこの商売やってられっか」と本気で思っているような人です。父の“弱いところ”は見たことないし。威圧感があって、すぐに鉄拳が飛んできました。だから早く家を出たかったんです。
 ―今でも苦手なのかしら?
 すでに再婚をしている父ですが、離婚時には理由も聞かず、ただ「お前のことを信じているから」と言ってくれて。「父は私の味方なんだ。万が一、私が全面的 に悪かったとしても……」と感じて、コロリとヤられました。子どもに優しい言葉をかけるなんて皆無な人だったから、身に染みたんですよね。

(楢戸ひかる)

■002

筒井宣昭さん(72)=森の案内人、日高管内新ひだか町出身、北広島市在住

 ―お父さんは、どんな人ですか。
 酒もたばこも飲まず、人に迷惑をかけることが大嫌いで、最期は、朝ごはんを食べ、お茶を飲んで、そのまま亡くなりました。頑固だったけれど、信念をがちっと持ち、俺の考えは間違いないという自信があった。そんな気がします。
 ―その信念、自信は、どこからくるものでしょう。
 福井県から親と一緒に開拓団入植…想像以上の苦労の連続のなかで培われたもの。長年の記録と勘を基に、作付けの時期や品種などを割り出していました。
 ―お父さんとの思い出は。
 僕は長男で大事な働き手だったから、高校進学を断念せざるを得ませんでした。農閑期は出稼ぎでした。3年目の春、出稼ぎから戻ると、高校入学願書がありました。父が取り寄せてくれたんです。苦学し教員になり、小学校の校長を務め退職しましたが、その道を開いてくれたのも父です。実は父も子どものころ、教員になりたかったんです。

(道産ヨネ)

■003

小野月彦さん(6)=保育園児、札幌市出身、札幌市在住

 ―父ちゃんのことどう思っているの?
 あんまり好きじゃない。こないだ「キャッチボールしよう」って約束していたのに寝ちゃったから。父ちゃんが「新聞読んでいるから待っていて」と言ったから オレは待っていたのに……。しょうがないから兄ちゃんに頼んだけど、兄ちゃんはルールを勝手に決めつけるから嫌なんだ。父ちゃんとやった方がマシ。
 ―起こせばよかったんじゃない?
 起こすのは面倒。いくら大声で呼んでもさ、ずっと寝ているんだもん。「わかった、わかった」「はい、はい」とか言ってさ。
 ―それは残念だったね。キャッチボールのほかに父ちゃんとしたいことある?
 プール行きたい。海に行ったことはあるんだけど、その時、父ちゃんの車は後ろが広くなったんだ。木がなくて(父は葬儀屋なのでふだんは車の後部に棺が乗っている)、浮き輪を積んだ。そこで寝られるぐらい広いよ(自慢げ)。

(楢戸ひかる)

■004

荒井宏明さん(43)=季刊『札幌人』編集長、北見市出身、札幌市在住

 ―お父さんとの仲は。
 血が繋がってる知り合いみたいな関係でしたね。17歳のとき、父親が会社辞めて夫婦で隣町で商売始めたので、私は自宅でひとり暮らしを始めました。
 ―同時に独立したの?
 そう。高校生ぐらいになったら互いにあんまり関心持たなくなって。会えば普通に話すんだけど、一緒に飲んだりしないし、親子っぽい会話もしない。
 ―まだお元気なんですか。
 去年(05年)亡くなりました。昭和10年生まれだから、70でしたか。
 ―今、ご自身も1男2女の父ということですが、似てると感じますか。
 “おだつ(調子に乗る)”ところが似てますね。子供の前でおだつんですよ。小さい子供におだって見せて、ウケたら何年も同じネタやり続ける。でも、相手がある程度育つとウケなくなるでしょ。小3になったらもう全然駄目。それでも、ついうっかりおだっちゃう時がある。そういうとこが似てますね。

(小笠原 淳)

■005

齋藤紀子さん(66)=主婦、旭川市出身、札幌市在住

 ―お父さんは、どんな人ですか。
 町内の頑固おやじの一人という感じ。戒名も○○院○○一徹居士ですもの。決まりを守ることと整理整頓に特に厳しく、家でも学校(校長)でも公園でも、悪さをしている子が目に入ると即座に叱っていました。
 ―子どもと談笑するとか、そういったことは。
 普段はないけれど、お正月は別。父が景品を用意してくれて、みんなでトランプをしたり、かるたをしたり。時に寒〜いギャグを言うのが困りものでした。一番 印象深いプレゼントは、私が小学校を卒業するときに買ってきてくれたサイン帳。最初のページに“素直に明るく 父”と毛筆で書いてありました。
 ―今も持っていますか。
 父に似て整理整頓魔なので、とっくに処分しちゃいました。でも、父の思い出と一緒に、“素直に明るく”が頭に浮かび、そのつど反省しています。

(道産ヨネ)

■006

清川賢也さん(35)=理容師、札幌市出身、札幌市在住

 ―お店(清川理容院)は、お父さんの代に創業したんですか。
 いえ、おじいちゃんが太美(石狩管内当別町)で床屋やってたのを父さんが継いで、戦後にここ(札幌市北区新琴似)に移ったんです。
 ―3代続いたわけですね。継いだ時は、お父さん喜んだ?
 無反応でしたね。父さん自身、理容業に全然興味なかったみたいですし。“跡取り”ってことで、仕方なく継いだ世代だった。
 ―若いころはどんな人だったんでしょう。
 ひどい遊びばっかりやってたって話です。結婚した時、母さんがずいぶん驚いたって。店が父さんの悪い友達のたまり場になってて、町内の若い連中が髪も切らないのに毎日入り浸ってたと。バイクかっぱらってどっか行ったり、「腹減った」って言ってそのへんのハト捕まえて焼いて喰ったり。
 ―お店では、今も現役なんですか。
 10年ほど前に脳梗塞で倒れて、引退。…たまに隠れて酒飲んでますけどね。

(小笠原淳)

■007

佐藤智子さん(35)=ウェディングフラワーデザイナー、上川管内和寒町出身、札幌市在住

 ―佐藤さんはフラワーデザイナーですが、ご実家もお花屋さんなんですか?
 実家は精肉店で、旭川近辺では「金子さんちのお肉」と言えばちょっと有名です(笑)。3きょうだいとも大学を出してもらえたのは“和寒町の七不思議”と言われているんですが、それだけに父は仕事人間。ただ、お客さんにニコニコするタイプではないんです。たとえば100グラムのお肉を買いに来た人に「少量を切るのは面倒だから、もっと買え」と言っちゃうような人です。
 でも肉の目利きだし、店で売るジンギスカンのタレの配合は未だに家族にも教えてくれないんです。私自身、“仕事はマニアックに極めたい”と思っているタイプなんですが、そんな部分は父親譲りなんじゃないかと思っています。
 ―お父さん、ファンも多そうだけど敵もいそうですね。
 変わり者なのは確かです。でも、恩人の借金を肩代わりして苦労したこともあるし、困っている人に声をかけてお店の片隅でお肉を大盤ふるまいしたり、人情家の部分もあって……。立派な生き様を見せてもらっていると思ってます。

(楢戸ひかる)

■008

小清水章さん(6)=保育園児、東京都武蔵野市出身、札幌市在住

 ―パパのこと、どう思っている?
 好き。ママがいない時に、面倒を見てもらうから。トロトロ卵(やわらかめのチーズスクランブル)は、ママよりパパの方が上手だよ。最近は全然作ってくれないけれど、お仕事忙しくて家にいないからしょうがない。
 ―パパとたまに男ふたりでお出かけするらしいね。
 うん。野球の試合もラリー(8月末に帯広で開かれたWBCラリーの世界選手権)も夜にお外に出られるから嬉しいの。ラリーでパパに「あの車、何?」と聞いたら全部教えてくれた。パパはどんな車の名前も知っているよ。
 ―パパに何かお願いしたいことある?
 僕、本当はファイターズファンになりたい。保育園のみんながファイターズなんだもん。こないだパパに「カープやめたい」って言ったら、「ダメだ」って言われたの。赤色は好きだけど、カープは悪い(敵)チームだからなあ……。

(楢戸ひかる)

■009

燕緋奈さん(82)=主婦、札幌市出身、札幌市在住

 ―お父さんは、どんな人ですか。
 おしゃれな人でした。服はいい物を長く着るのがホントのおしゃれだよと言って、実際、そうしていました。会社から帰ってくると、着物に着替えるんですけれど、脱いだ背広やズボンの始末を自分できちっとしていましたもの。
 ―写真を拝見すると、蝶ネクタイがお似合いですね。
 ありがとうございます。私が子どものころ(昭和初期)は、スキー会社に勤めていて、スキーによく連れていってくれました。そういえばスキーのときに父が愛用していた外国製のリュックがあって、それがとっても体になじむの。戦中・戦後の買い出しで、私、カボチャや豆を入れてしょったんですよ。
 ―リュック選びにもお父さんの物を見る目が発揮されていたわけですね。
 冬のスポーツ博物館開設のとき、父の遺品を寄贈しまして、その中にあのリュックもあるんです。博物館に父に会いに行く。そんな気持ちです。

(道産ヨネ)

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