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新世紀ビジネスの開拓者たち 新世紀ビジネスの開拓者たち The pioneers in the new century
北海道には、IT、バイオ、環境、新エネルギーなど、未来を拓く新ビジネスに挑戦する企業が数多く活躍しています。「可能性の大地」北海道から、新しい開拓者たちの物語をお伝えします。
  連載第5回
 
小型人工衛星用エンジンで世界の最先端へ北海道に生まれた宇宙ベンチャーの挑戦


【有限会社 先端技術研究所】取締役 佐鳥 新(さとり・しん)氏 【有限会社 先端技術研究所】
取締役 
佐鳥 新(さとり・しん)氏
(有)先端技術研究所は、1999年に小型衛星開発メーカーとして、佐鳥新・北海道工業大学助教授を中心に設立。人工衛星やロケット等宇宙機器関連のエンジニアリング会社(株)アストロリサーチ(神奈川県藤沢市)の杉木光輝が代表取締役として経営に参加した。佐鳥の手がける「マイクロ波エンジン」は、近年需要の高まる小型人工衛星に最適な、高性能小型エンジンとして世界の注目を集めており、来年ロシアで打ち上げられるアメリカの衛星に搭載される予定。同社ではさらに衛星の周辺機器の開発を進めており、自前の衛星の実現への挑戦が続けられている。
宇宙への夢を実現するベンチャー企業

 日本初の小型衛星メーカーが札幌にある。
 札幌市の郊外、静かな住宅地の一角。ドアには「先端技術研究所」という小さな看板がかかげられているが、つい見過ごしてしまいそうなたたずまいだ。しかしこの建物のなかで、いま世界中の宇宙産業が注目する、文字通り最先端の技術開発が行われている。

 開発にあたるのは、先端技術研究所の設立者である佐鳥新。
 彼は、日本の宇宙開発事業の中枢を担う「文部科学省宇宙科学研究所」にいた12年間の中で、東京大学航空宇宙工学の博士号を取得し、助手に採用されてからは小惑星探査計画などのプロジェクトに参加。科学衛星の推進系開発において、日本の宇宙開発のエキスパートとして活躍してきた。
 しかし自らが担った国のプロジェクトに対し、佐鳥には別の新しい夢が広がっていた。
 「国としての大プロジェクトとはちがう、もっと身近な宇宙技術に取り組んでみたい。研究した技術を製品化して、いつかは自前の衛星を打ち上げたい」

先端技術研究所が製作した超小型人工衛星 こうした佐鳥の思いは、世界の宇宙産業界で進む「二極化」を背景にしたものだった。
 1957年、人類初の人工衛星「スプートニク1号」が打ち上げられて以来、衛星は大型化の一途をたどってきた。様々な機能を兼ね備え、耐久年数が長く、重量も2トン以上、価格が数百億円以上の人工衛星。こうした衛星の研究は、国家プロジェクトとして大企業が中心となって進められる。
 それに対し、機能を絞り込み、耐久年数が3〜5年と短命なかわりに、小型で安価な衛星を打ち上げる動きが世界的に広がっている。開発期間が短く、一般企業や大学などの研究や調査などに使われ、重量100キログラム以下、価格も数億円。しかし日本では、小型衛星の開発はほとんど手つかずの状態である。
 小型衛星の開発を進めたい。だが国も大手メーカーも、大型開発の方向を変えようとはしなかった。

 そんな思いを抱いていた佐鳥のもとに、1999年、かつての上司である北海道工業大学秋葉鐐二郎教授(前宇宙科学研究所長)から「北海道に来ないか?」という誘いがあった。同大学では、秋葉教授がすでに応用電子工学科の下地を築き、宇宙研究などを進めていた。そこに加わって新しい技術開発を進めないかという誘いだった。

本社には様々な研究設備が整えられている。 佐鳥は宇宙科学研究所を退職し、99年4月北海道工業大学の助教授となる。そして翌月、先端技術研究所を設立。「技術を継承し、蓄積し、実際に製品化するには、大学の研究室だけでは足りないと思ったのです。どんなに熱心でも学生たちは数年で卒業してしまいます。ですから小型衛星を作る『メーカー』として、会社を設立したのです」
 こうして日本ではまだ珍しい宇宙ベンチャーが誕生したのである。

 













衛星 宇宙 イメージ



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