
「自ら処決して形骸を断ずる」と、江藤淳が自死したのは、6年ほど前のことだった。
本人の病もその理由だったが、何よりも妻を亡くした喪失感が、彼を後追い心中をさせたという。長年連れ添った連れ合いを失うこと。釈迦は、生老病死愛別離苦を人間の八苦としたが、愛別離苦とは、愛するものと別れる苦しみである。この痛みは、いかばかりのことか。
著者は、函館在住の作家であり、長年にわたって函館のタウン誌『街』を発行してきたことでも知られる。
著者は絵画の時間講師をしていた19歳のときに、同じ職場で教員をしていた妻・富美子と出会う。6年後、子供のころ片足を失い、教員として正式採用もかなわず、未来を絶望していた著者に、家族の反対を押しきって彼女は嫁いだ。鬱性の夫に、「あなたには文才があるから、きっと良いものが書ける」と暗示をかけ、教職で家計を支えた。
まさに戦友であり、同志であった妻は、2003年にガンで逝く。
本書は、全編がその失われた妻への哀惜にみちた随想である。
「素朴を愛し、贅沢を嫌い、もとより宝石や指輪をひとつとして身につけたことがなかった妻が、好きな洋服を着け、食事の支度もしなくていい贅沢三昧な旅行がしたい。勿論、あなたも一緒よ、旅費も全部私がもつわ、持っているお金がつきたところで一緒に死にましょうと、真顔で、しかも夢見るまなざしで言ったことがあった」
そのような妻を想い、記憶にとどめ、文章に表し、喪失の瞬間をリフレインする。いまに生きる全ての者が、この喪失を迎えなければならないとするならば、この一冊は、孤独と癒しの道程なのかもしれない。読む者もまた、その苦痛と癒しを、ここでともに送るのである。 |