| 北海道を知る100冊が、ようやく100冊目を迎えた。
これまで北海道について書かれた本、北海道にゆかりのある人が書いた本を紹介し続けてきたが、100冊目をどの本で締めるか、ずいぶん悩んだ。
なにしろ、三浦綾子も、原田康子も、渡辺淳一も、札幌在住の藤堂志津子や志水辰夫も、直木賞を受賞した京極夏彦も、とりあげていない、のである。積み残した本もたくさんある。悩むこと三日、書棚にあった佐藤正午のエッセイ集に手をのばした。
1983年にすばる文学賞を受賞した『永遠の1/2』で小説家デビューした佐藤正午は、1974年から79年までの約5年半、北海道大学で学生生活を送った。札幌の5年半は、ひたすら本を読むことに費やされた。彼はそのころのことを、本書のなかの「学生時代」という一文に書いている。
「次々に手に取る本が新鮮で、衝撃的で、むさぼるように読み続ける、そんな幸福な若い時代は(そうしたくても)二度と取り戻せない」
佐藤正午のエッセイは、職人の技がきいている。
ユーモアとペーソスに富んだ語り口のなかから、突然胸がつまるような一文が飛び出してくる。
本と自分との幸福な時代は過ぎ、今は余生にすぎないのか、と中年から老境へと向かう多くの読書人たちは自問するのである。
書名の「象を洗う」とは、「小説を書く」という行為を指す、彼が作った隠語である。
世の中には、雑な洗い方をした象が氾濫し、しかも売れている。この風潮をチクリと揶揄しながら、佐藤は、まちがいなく、丁寧に象を洗い続けている。
|